人生の線を描いて、結婚をデザインする。「理想の家庭」の崩壊の先に、つかんだ未来。

人生の線を描いて、結婚をデザインする。「理想の家庭」の崩壊の先に、つかんだ未来。

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大好きだった家族が崩れた時

静岡県に生まれ、横浜で育ちました。小さい頃から、家族がめちゃくちゃ好きでした。父親と遊ぶために、遊ぼうぜーって家に誘いに来た友達に居留守を使ったり。父親とテレビゲームで遊ぶのが生き甲斐、みたいな感じでした。

小学生の時、将来なりたい人というお題で、周りがイチローだったりベートーヴェンって書いているところに「お父さん」って書くぐらい父親が好きでした。

性格的には率先して学級委員とかをやりたがるようなタイプでしたね。といっても、リーダーシップとかクラスの中で人気があるとかいうわけではなく、むしろ、太めの体型をよくからかわれていて、自分に自信がない方でした。ただ、不思議と、だからこそ何でもとにかくやってみるという感じだったように思います。

小中学校は公立で、高校は慶応に進みました。3教科で受験できる高校の中で、できるだけ高いレベルということで、慶応。国立大学を卒業して外資系金融に入った、いわゆるエリートだった父親の影響です。父親のことが大好きで、「僕も勉強頑張って、いい会社入って、いい家族を持つぞ」って思っていましたね。

それが、慶応に受かって入学を迎えるのと前後して、父親の浮気が発覚しました。子どもながらにショックでしたね。今まで好きだった家庭が15歳で崩れて。「幸せって何だろう」っていうのを、強烈に問題意識として感じました。

幸せな家庭を追究する

その頃に生き方が変わって、やりたいことをやるようになりましたね。それまでは「良い子」って感じだったんですけど、大事なことってそうじゃないんじゃないかって。高校に入ってから少し経って、バンドに入ったり。やりたいことをやっていこうと思ったのが、その時くらいからですね。

高校の同級生が個性的で自由だったというのも大きかったですね。中学生の時は勉強ができるとかそういう狭い尺度で考えていたんですが、こんな風に生きてもいいんだとか、いろんな生き方があることに気づきました。

一方で、自分にとって帰る先の家族がうまくいっていないと何かしらの歪が出るというか、やっぱり楽しくないんです。ひどい高校生活でした。家に帰りたくなくて、わざわざ家から遠い渋谷でバイトして、家に帰らずにバンドのメンバーと公園でギターを抱いて寝る。髪をオレンジに染めてみたり、絵に描いたような不良でしたね。

大学は高校からの内部進学で慶応大学文学部に進みました。文学部の中の社会学科で、家族社会学のゼミで、家庭とは何か、どうしたらいい家庭ができるのかといったことを学びました。

人気のゼミで受講希望者の選抜も厳しかったのですが、選抜の面接で「来年から(ゼミの)代表になります。よろしくお願いします」と、根拠もなしに自信満々で言い切ったことを覚えています。

そうして入ったゼミで学んだことは面白かったですね。ただ、学問としてある程度体系化されているものの、それを一般の家庭にそのまま適用できるかどうかというとまた別の話だなという風に感じました。単純に研究者としてではなく、実際に社会に価値を提供できること、サービスとか仕組みとかを作りたいという思いもあって、ビジネスの世界に進みました。

起業への想いとブライダルへの違和感

「家族」「結婚」が自分にとっての一つのテーマだったこともあり、ブライダル大手の会社に就職しました。就職先では、新規事業開発が業務の中心でした。新卒の中では異例の役員付の秘書として、様々な事業に取り組ませてもらいました。

ただ、その会社は、4年ほど勤めて起業を念頭に辞めました。一つは違和感ですね。「お客さんのため」と考えた時には違和感を感じたんです。

結婚式場は「箱物」なので、どうしても仕方ないのですが、新郎新婦がこういうことをしたいと思っても、時間があるので難しいですとお断りをして、時間通りに、その中で収めるのがいいプランナーなんだよっていう教育をされて。でも、それって誰のためやねん、と。お客さんのため、ではないだろう。それに、強い違和感を感じましたね。

仕事が忙しくて家庭に支障が出てきたのも一つの理由でしたね。ブライダル会社にいる時に社内の同僚と結婚をしたのですが、忙しすぎて家庭が壊れそうだと感じるほどでした。辞める直前は月曜出社、日曜退社という感じで。

ただ、そういった不満はありましたが、一方で感謝していることも多いですね。役員直轄で新規事業をやらせてもらって、いつも前例がないことに取り組めたので、いい経験をさせてもらったかなと。そういう意味では凄い感謝しています。

経営トップの謦咳に接することができたのも凄い有りがたかったですね。特に、社長が半端じゃなかった。お客さんの求めるものを知る力、というか。

例えば、自社で運営しているホテルの最上階に海が見えるスイートルームが二部屋あって、どちらも稼働していなくて、一泊25万の部屋が年間3回ぐらいしか稼働していなかった。それを壁をぶち壊して、海が見えるチャペルにすると。それが面白いように当たって、年間100万いかなかった収益が2000万を超える。

これは一例で、そういうビジネスセンスが半端ではないんです。

経営会議に出てくるコンサルタントにもすごい方がいて、そういった経営者の方々と接するうちに、自分も起業したいという想いが出てきましたね。

「ありえなかった」離婚

起業も視野に入れて、ビジネスをする上でマーケティングは絶対に知っておかないといけないと感じていたところに、転職エージェントの方が紹介してくれたのがマーケティングリサーチの会社でした。その会社で、マーケティング上必要な、データの集計や分析にしばらく取り組んでいました。

リサーチ会社に移ってから、幸せって何なんだろうってひたすら探すような時期がありましたね。幸せとは何だろうかと色んなもので勉強したり。新興宗教の、いわゆるカリスマ教祖が何を考えているのか、実際に足を運んでみたりもしていました。

そのうちに、ずっと学び続けるよりもとにかくやってみようと思い立ち、マクロミルを辞めて、起業の準備に移りました。いろいろ考えているよりも、やった方が早い。そういう思いでしたが、起業や「幸せ探し」で忙しくするうちに家庭が疎かになっていき、自分の未熟さもあって、結局離婚することになりました。勢いで会社を辞めたようなところもあって、そんな僕に対しては「この人についていって大丈夫なのか」と妻は思ってしまったのかもしれません。2年半の結婚生活でした。

15から27までの12年間、ずっと「家族」をテーマにして生きてきたので、27で離婚するというのは、自分からするとありえなかったですね。25歳で結婚した時は「自分には幸せな家庭を作れるぜ」と思っていましたし、「幸せな家庭のためにやってきたのに」という想いがあった分、本当に落ち込みました。

仕事を辞めた上に慰謝料の支払いが重なり、経済的にも精神的にも完全に参りましたね。リサーチ会社を無理やり辞めたような形でしたし、当時起業に向けて色々関わっていた皆さんも裏切る形になってしまって、社会的な信頼もない。自分には何もない。

無気力になって、家に引きこもって、お腹が空いたらティッシュを食べる、そんな状態でした。「もう死のう」と思っていました。ただその時に、ふと「今自分が死んでもニュースにならないだろうな」と。

自分の同い年の本田圭佑とかレディー・ガガが死んだら、ニュースになる。でも自分が死んでも何も起こらない。今までの俺の27年間は一体何だったんだろう。何か悔しいなと、そこでスイッチが入りました。

改めて再出発のような意味で、知人から誘ってもらった生命保険会社で働き始め、働きながら自分と同い年の「凄いやつ」に会いまくりました。

そうやって会っていくうちに、めっちゃ稼いでいるとか、単にいい仕事をしているとかじゃなくて、「自分はこれだ」という生き方を持っている方が大事なんだというのを感じたんですね。

それで、「自分は何が一番やりたかったのか」と問いかけたときに、家族や家庭、生き方からライフプランまでというのが自分のやりたい領域なんだ。生きやすさを向上していくことだったり、家庭としてよくなっていくにはどうしていったらいいのか、そういうことで価値を提供していきたい。今ある「結婚式」という形の市場を狙うのではなくて、結婚した後をどうしていくかっていうのをしっかりやっていかないと、ますます子どもの数は減っていく。結婚も減ってしまう。

「これだ」と思えるやりたいことが固まっていましたね。生命保険会社を辞めて、再度起業の準備に取り掛かりました。

家族の線を描いていく

現在は、FAMILYという会社の代表を務め、「結婚・家庭」の業界で幾つかの事業を手がけています。

そのうちの一つが、オーダーメイドプランニングサービスの「マリッジデザイン」。生き方や働き方が多様化する時代の中で、結婚のあり方も変わっていく。それをオーダーメイドで対応します、というものです。

年間65万組結婚される方がいらっしゃいますが、結婚式を行うのはそのうち35万組。
残りの30万組の方は、結婚式をしないんですが、結婚指輪は買ったり、顔合わせをしたり、ハネムーンに行ってたり、いわゆる挙式披露宴はやらなくても、そういう形での「結婚」はするんです。

ただ、そうすると結婚式会場の方がいろいろ教えてくれる訳ではない。分厚いウェディング雑誌から自分たちにとって必要な情報のみを探すのも非常に面倒。そういう方に、時間とお金の使い方、必要なコンテンツをオーダメイドでプランニングするというものです。

生命保険会社で教わった、お客様にライフプランという全体像、「線」を組み立ててもらい、それに必要な保険を考えていく、というやり方を、結婚式にも取り入れました。結婚=ゴールではなく、「線」が上手く結ばれるための一連のコンテンツを一緒にオーダーメイドで作っていくというものです。

また、事業の他の一つには、マリッジデザインの中から派生したものとして、「結婚×旅行×地域活性化」というパッケージをつくっています。バスツアーのように、バスで地方に旅行して、行った先で結婚式を行うというものです。

朝同じ場所から、バスで現地までみんなで移動する。移動中は席順があって、レクリエーションがあって、新郎新婦のムービーを見せ合ったり。着く頃には、親族も含めてゲスト同士が仲良くなっている。着いてから披露宴を行うんですが、場所によっては温泉旅館、の貸切で、みんなで温泉に浸かってからゆっくりと披露宴の準備をする。女性が朝早く起きて美容院に行く必要もなく、余裕を持ってメイクアップしてから披露宴に出られる。

移動時間がコミュケーションの機会になって、ご祝儀と交通費、宿泊費を入れて会費が数万円に収まる。新郎新婦は時間を長く取れて、ゲストみんなが喜ぶコンテンツにお金が払われる。

「結婚×旅行×地域活性化」は、既存の形式の結婚式に対して疑問を持っている新郎新婦様向けのパッケージです。あるアンケートで、決まりきった既存の形式の式場での挙式披露宴に「ご祝儀を払って実際に満足しましたか」という質問に対して、参列者で「満足した」と答えたのは8%ぐらいだったんです。新郎のゲストと新婦のゲスト、でかつゲスト同士も話してみたかったという声を聞きます。

年間30万件の結婚式を行わない人たちの8割は、実際には結婚式をやりたかったという数字もあります。そのうちの半分は経済的な理由で、もう半分は結婚式の意味がほしかったというもの。年間12万件、お金がなくて結婚式ができなかったっていう人たちがいるわけですが、そういう方に対しても新しい形のウェディングとして提供できるんじゃないかと思っています。

また、「結婚する時」だけではなく「家族」をテーマにしたキュレーションサイトの立ち上げも考えています。僕も離婚を経験していますが、「こういう二人だからうまくいった」とか「こういうところで失敗した」という夫婦の成功例とか失敗例とかをキュレーションするものです。「結婚はコストが合わない」なんていう人もいますが、「家庭って悪くないじゃん」と感じてもらい、結婚や家庭に対するイメージを底上げしていく、そういうメディアをつくっていきたいと思うんです。

結婚前から結婚後までをサービスとして押さえていった上で、当社が関わった各家庭に届ける「福利厚生サービス」みたいなものを出していきたいと思っています。

こういうライフスタイルでマリッジデザインしたお客さんだからこういうサービスを提供する、とか、結婚式で行った旅行先から新しい野菜を届けたりとか、キュレーションで集めた情報をもとに、週末にこんなコミュニケーションをワークショップでやってみると夫婦仲が良くなるよとか、お父さんが嫌われなくて済むよとか、福利厚生サービスの家庭版をつくっていくつもりです。

日本国内で、年間25万件の離婚があります。僕もそうでしたが、慰謝料は1件あたり200万円が相場と言われていて、その50%ぐらいが実際に支払われています。200万円×50%×25万件=年間2500億円の、誰も幸せにならない市場です。

会社名のFAMILYは、単純にfamily=家族というのでなく、Father And Mother I Love Youの頭文字から名付けています。結婚はあくまでも入口で、結婚で築いた家庭が5年、10年、さらにその先も続いていくサービスを提供し続ける会社にしていきたいと思います。

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