水遊びでの事故で、子どもに考えさせられた「ごめんね」

水遊びでの事故で、子どもに考えさせられた「ごめんね」

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三歳の娘を連れて近場の大きな公園へ遊びに行ったとき、とある出来事が起こりました。

広大なその公園の一角に、「ポップジェット」と呼ばれる噴水があります。地面に開けられた直径数センチの穴から、リズミカルに水が飛び出し、水玉が跳ねるように見えたり、時には低く時には大人の背丈の倍ほども高く水柱をあげ、さながらウォーターショーのような噴水で、子どもたちがその噴水で遊べるように作られています。

同じ園内には大型のじゃぶじゃぶ池があり、私の住む地域では定番の水遊びスポットなのですが、こちらの噴水は園内マップに記載されていないこともあり穴場。真夏のように暑かったその日、直径十数メートルのその噴水ゾーンに子どもは十名程。ほとんどは未就学児とおぼしき幼児でした。
付き添いの大人達は噴水に囲むようにある木陰のベンチに座って、のんびりと子どもたちを眺めています。

内弁慶で人見知りの我が家の3歳の娘は、最初は初めて見るお友達や噴水に恐れをなしていたものの、「おかーしゃん、いっしょにいこう。」と私の手を握りながら、見様見真似でこわごわと遊び始めました。

そのうち慣れてきたのか、「いってもいーい?」と、走り回る他のお友達の輪に参加したがる様子を見せました。

……水場で走り回るのは危険です。本来、止めるべきなのでしょうが、他の子だって走り回っているし、娘にだけダメというのも……。
周りにいるのはせいぜい娘と年齢の変わらない乳幼児だけ。
素足で確認したところ、地面はざらざらしていて滑りにくく、しかも柔らかい。
一瞬迷った挙句、「いいよー!赤ちゃんにはぶつからないように気を付けるんやでー!」とGOサインを出してしまいました。

はにかみながらお友達の輪に向かって走って行った娘は、その輪に入れているのかいないのか。
でも日差しを受けて光る水しぶきと同じくらい、娘の笑顔はキラキラしていて、時々私を振り返りながら、「おかーしゃーん!おかーしゃーん!」と、鈴が鳴るような声で笑っています。

その時です。
ドンッ!!
周りの大人も振り返るほどの衝撃音とともに、娘が宙に浮いたのです。
地面に叩きつけられる娘。
噴水が止まって一瞬の静寂の後、娘の泣き叫ぶ声が響き渡りました。

娘が誰かとぶつかったのです。
相手は、娘より頭一つ半以上大きな、小学四年生くらいの女の子。
娘とぶつかったその女の子は、一瞬立ち止まって振り返ったものの、娘を一瞥した後、走り去っていきました。

何?何が起こった?

再び噴出した水柱とその音を割くように娘が泣きながら私を呼びます。
「おかーしゃーん!!おかーしゃーん!!」
水柱の間をかいくぐって、髪を顔に張り付け倒れたままの娘のもとまで走り、すぐさま娘を抱きかかえると噴水の外へ連れ出しました。

外遊びをしていればけがはつきもの。
安全そうだからとGOサインを出した私に一番の責任があるのですが、ぶつかった相手は娘より30センチ以上も身長が大きい小学生。
いくら娘が小さくて見えていなかったとしても、相手が吹き飛ぶほどの衝撃に、気づいていないわけがない。
「ぶつかっておいて挨拶なしに逃げるとは」「首根っこ捕まえて、娘に謝罪させてやるんだ!」
ずぶ濡れの娘を抱きしめながら、私は目を皿のようにして、逃げ出した小学生が着ていた水着のピンク色を、水しぶきの間から探していました。

この公園はスポーツとして自転車やハイキングをする人でもない限り、車か公園直結の駅まで電車でしか来られない場所です。小学生の女の子だけで来るようなところではありません。
ということは、すぐそこの噴水わきのベンチに、親がいるはず。
「小学生の子が人にぶつかっておいて謝罪の一つもできないのは大問題だが、しつけのなっていない子どもの責任をとるべきはその親だ!」
娘を傷つけられたことに、私は我を忘れて怒っていました。「親どこやねん!親出てこいやー!」

……「おかーしゃん、いたいのー!おかーしゃーん!」
私に抱かれながらなお泣き続ける娘の声に我に返り、娘の膝から流れる赤い血に動揺し介抱しているうちに、私は水しぶきに紛れて消えたその小学生を見失ってしまいました。

たくさん出ていると思った娘の膝からの出血は、水場での怪我ゆえに大袈裟に見えたようでした、かすり傷程度で幸い頭も打っておらず、落ち着きを取り戻した娘は、今度は同じ公園内にあるじゃぶじゃぶ池へ行くのだと言って、元気に歩き出しました。

遊び疲れ、夕方帰宅後の入浴時。
私は、娘の膝の怪我を見て、再び怒りがこみ上げてきました。
「足、痛かったやろ。お母さんが行ってもいいよって言うてしまったから、怪我してしまったね。ごめんね。
せやけど、なんでぶつかったお姉さんは『ごめんね』って言うてくれへんかったんやろなぁ。」
ぶつけようのない怒りに悶々とする私に、娘はしばらく上を向いて考えた後、こう言いました。

「でもね、〇〇(娘)も ないてしまって、おねーしゃんに『ごめんね』っていえなかったの」

――あぁ、そうやんなぁ。
大きい子が小さい子を吹き飛ばしたんだから悪い、とか、相手が小学生だから色々わかっているはずだから謝って当たり前、とか、そういうことではなくて、(元々はGOサインを出した私が悪いのだけど)周りが見えなくてぶつかってしまった娘にも過失があって、そのことをちゃんと自覚している子どもからしたら、「ごめんね」には「ごめんね」で仲直りが大事なのだ。

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世の中にはそんな単純なことばかりじゃなくて、「ごめんね」には「ごめんね」だけで通用しないことのほうが多いのかもしれないけれど、
わずか一年前には二語文すら話せなかった娘が、自分以外の他者のことを考えられるように成長したことが喜ばしく、同時に、その三歳児以下の自己中三十八歳の自分が恥ずかしく……。
もっともっと、子どもと一緒に自分も成長していきたいなぁと思った一日でした。

文・桃山順子
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