出産から復帰し、映画化もされたバレエダンサー西野麻衣子のトライする生き方

出産から復帰し、映画化もされたバレエダンサー西野麻衣子のトライする生き方

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ノルウェー国立バレエ団のプリンシパルを務め、自身のドキュメンタリー映画『Maiko ふたたびの白鳥』(2016年2月より全国順次上映中)が作られた西野麻衣子さん。西野さんは15歳で親元を離れ、イギリスの名門ロイヤルバレエスクールに留学。その後、19歳でノルウェー国立バレエ団に入団し、25歳のときに同バレエ団において東洋人初のプリンシパルに抜擢されました。以来、第一線で活躍を続ける一方、プライベートではノルウェー人のご主人との間に誕生した息子・アイリフくんを育てるママでもあります。

妊娠、出産を経た現在もバレリーナとしてのキャリアを積み重ねている西野さんですが、それによって舞台を降りることになった当時は不安や焦りもあったと言います。日本の社会で働くママたちにも通じる状況を、どのように乗り越えたのか――。西野さんの経験を語っていただくと同時に、女性が活躍する社会として日本の先をいくノルウェーのサポート制度や育児事情について語っていただきました。

取材・文:片貝久美子
プロフィール

西野麻衣子(にしの まいこ)
大阪生まれ。6歳よりバレエを始め、橋本幸代バレエスクール、スイスのハンス・マイスター氏に学ぶ。1996年、19歳でオーディションに合格し、ノルウェー国立バレエ団に入団。2005年、25歳で同バレエ団東洋人初のプリンシパルに抜擢される。同年、『白鳥の湖』全幕でオデット(白鳥)とオディール(黒鳥)を演じ分けたことが高く評価され、ノルウェーで芸術活動に貢献した人に贈られる『ノルウェー評論文化賞』を受賞。2008年4月に新国立オペラハウスのこけら落とし公演で主役を演じた際には、ハーラル5世ノルウェー国王のご臨席も賜った。2009年には同年新設されたトム・ウィルヘルムセン財団オペラ・バレエプライズを授与された。現在も同バレエ団の永久契約ダンサーとして精力的に活躍中。ノルウェーの首都オスロで、夫であるオペラハウスで舞台の音響・映像の総監督をしているニコライ氏、長男アイリフとの三人暮らし。
http://www.maiko-movie.com/

キャリアを考えると出産は恐怖でしたが、妊娠したことはすごく嬉しかった。これは第2の人生のスタートだと思ったんです。
―西野さんは15歳のときに親元を離れ、イギリスのバレエ学校に留学されました。大きな決断だったと思いますが、ご両親の反対はなかったのですか?

西野:母は私がどれだけバレエが好きかを知っていたので何も言いませんでしたけど、父は高校を卒業してからでも……と思っていたみたいです。でもやっぱりヨーロッパの学校で習いたくて、中学の面談でも「高校は行きません」と話していました(笑)。バレエの先生たちが「麻衣子はヨーロッパで踊ったほうがいい」とおっしゃってくれたのもあって、最後には父も、まぁしょうがないなって(笑)。

―西野さんのご両親も熱意に根負けしたんですね(笑)。

西野:でも今、自分が母親になって思うのは、あのとき両親がどれだけ私のことを心配して送り出したんだろうって。今後息子がそういうことをしたいと言ったとき、私は両親と同じことをしてあげられるかな? と考えることが多くなりました。

―留学中はお母さまの「チャンスを逃さず、挑戦し続けなさい」という言葉に背中を押されることが多かったとか。

西野:15歳で単身海外に出てきたからホームシックになることもあったんです。でも母は「かわいそうね」とか「大変だね」とか甘いことを一切言いませんでした。そのときは優しい言葉を聞きたかったけど、もし言われていたら、私は今ここに残れていたかな? と思います。きっと母は私のことをわかり切っていたからこそ、強い言葉を言ってくれたんでしょうね。母に当時のことを聞くと、「お母さんは電話を切った後、泣いてたんよ。でも麻衣子がどれだけバレリーナになりたいか知ってたから、あえてキツいこと言ったんやで」と言っていて。プレッシャーはありましたけど、家族が背中を押してくれたのは大きかったですね。

―こちらの勝手なイメージでは、バレリーナの方は妊娠や出産に対して積極的でない印象があります。西野さんはご自身のキャリアと妊娠・出産についてどうお考えでしたか?

西野:そもそもバレリーナの人生ってすごく短いんですよ。無事に出産できても、どれだけ身体を戻してカムバックできるか、さらには子どもを育てながらバレリーナになれるのか……。だから自分のキャリアがピークのときに出産という選択肢を考えない人が多い。私も、映画を撮り始めた2010年当時は、「母親になりたいけど今は無理」と思っていましたし、キャリアウーマンの顔をしていますよね(笑)。

―西野さんも妊娠がわかったときは正直複雑な気持ちだったのでしょうか?

西野:そうですね。でも、妊娠したことはすごく嬉しかった。心配もありましたけど、これは第2の人生のスタートだと思って前向きに捉えたし、いざお腹が膨らんでくると、少しずつ体型が変わっていくのも幸せで。

―映画の中でお腹の大きい西野さんがスタジオで踊られているのを見てビックリしました。

西野:出産の2日前までバレエをしていたんですよ。子どもが2週間早く生まれてきたのもあったんですけど(笑)。

―それは西野さんだからこそ可能だったことですよね……! でも妊娠も中期に入ったところで舞台を降りられます。映画では西野さんの代わりに踊るダンサーがバレエ団に来たときの様子や、自分が出るはずだった舞台で彼女が踊るシーンも収められていて、そのときの西野さんのなんとも言えない表情が印象的でした。

西野:焦る気持ちは正直ありましたし、戻れなかったらどうしよう……という不安があって。一方で、彼女はどう踊るんだろう? 私だったらどう踊っただろう? という興味もあったんです。そのとき、お腹の中の息子が激しく動いたんですよ。ママが複雑な気持ちでいるのがわかったのかなって思いましたね。

―元の場所に戻れないかもしれないという不安は、日本で産休・育休を取る女性にも通じるものがあると思います。西野さんはそういった気持ちをどのように克服されましたか?

西野:やっぱり一番大切なのは「戻りたい、戻ろう」と思う気持ち。産後半年で、難易度の高い『白鳥の湖』を踊るのは無謀だけれど、それでも復帰したい、母親になっても仕事をしたいという想いを強く持っていました。特に私の場合はキャリアウーマンだった母を見て育っているので、母にできたのだから私にもできるというのがありましたね。

―そういうところにもお母さまの影響が。

西野:子どもの頃は授業参観に母親がスーツにハイヒールで来て、友達が「西野のお母さん、きれいやな」って言ってくれるのがすごく嬉しくて。私も息子のアイリフに「ママかっこいいね」って言ってもらいたいし、そのためにも頑張ろうと思える。今息子は日本語とノルウェー語をちょこちょこ話すんですけど、幼稚園に送りに行くと「ママはオペラに踊りに行くんだよ」って、いつも先生に言うんですよ。

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