『かもめ食堂』著者が描く『パンとスープとネコ日和』は、第二の人生で闘う女性へのエール本

『かもめ食堂』著者が描く『パンとスープとネコ日和』は、第二の人生で闘う女性へのエール本

群ようこ『パンとスープとネコ日和』

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文:栗田宏美(CHIENOWA)
第二の人生を突然送ることになったら、あなたはどうしますか?
私はどんな第二の人生、つまりセカンドライフを送りたいだろうか? と、自問自答してみる。貯金ができたらリゾートに別荘を買って悠々自適? 定年後、田舎に帰って自給自足の生活? 早期退職して、後輩や学生の育成に携わる? うーん、どれもピンとこない。まだ明確なセカンドライフのプランなど描いておらず、そもそも「セカンドライフを送りたい」とも思っていない自分に気がつく。

この本の主人公・アキコは、セカンドライフを送りたいと微塵も思っていなかった。大学を出てからずっと出版社に勤め、本を作ることに没頭してきた。編集者という仕事を愛していたし、できることなら一生編集者でいたいと思っていた。しかしそんなアキコが50歳目前になったとき、突然転機が訪れる。食堂を営んでいた母の急死と不本意な部署異動が重なったのだ。思い切って退職し、母の店を改装して自分の店を持つ決断をする。図らずも、セカンドライフを送ることになったのだ。
キャリアもプライドも捨てて、「初心者」になる勇気
「ピンチはチャンス」とはよく言ったものだが、幸運の女神には前髪しかないのもまた事実。突然、ライフステージが変化したアキコの様子を見て、私は、「災いを転じて福となす」ための一歩を踏み出しただけで満足していてはダメで、その後も不断の努力とちょっとした運が必要であると感じた。

賢いアキコは、編集者のときに培った人脈を使いながら、自分の子どもでもおかしくない年齢の学生たちと一緒に料理専門学校に通いスキルを磨く。アキコが店を開くまでの過程については、作品のなかでさらっとした描写でしか触れられていないのだが、読んでいるだけでドキドキした。もし自分だったら、それまで培ってきた仕事や肩書きはもちろん、プライドもかなぐり捨てて、「初心者」として新しいことに取り組めるだろうか。

「初心者」であるアキコには当然、試練が続く。かつての店はいわゆる大衆食堂で夜は居酒屋だったため、たくさんの常連のおじさんたちに愛されていた。しかし、彼女が作りたい店は違っていた。ランチがメインの営業で、メニューは日替わりのサンドイッチとスープだけ。その代わり素材にはこだわって、身体にいいオーガニックなものを届ける。母の店とは180度違うコンセプトにしたことを、居場所をなくしたかつての常連おじさんたちはなじったり批判したり……。近所で喫茶店を営むママにも「あんたは商売をわかってない」と苦言を呈されてばかり。心を痛め、迷いそうになるアキコ。しかし料理学校の先生の「大切なのは、自分がぶれないことよ」という言葉を支えに、自分を信じてお店を切り盛りしていく姿は、もの作りに携わる人の多くが共感するだろうと感じた。
忙しい人にこそ読んでほしい。ちょっとした「心がけ」で生活が豊かになるということ
初心者アキコの努力の過程は淡白に描かれているが、唯一の身内である飼いネコ「たろ」との心温まるふれあいは、じつに濃厚に描かれている。たろは、アキコにとって仕事のオン・オフを切り替えるスイッチのようなもの。アキコのプライベートを充実させてくれるのは、間違いなくたろの存在なのだ。二人(一人と一匹?)のふれあう姿にほっこりさせられる。たろがかわいくて、ネコを飼いたくなってしまう。

同著者の作品『かもめ食堂』(2006年)に通ずる部分も多く、何気ない日常生活の描写が多い。たとえば、うす汚くなった部屋を見て、自分に余裕がないことに気づいたり、花を飾ることでなんとなく気持ちが晴れやかになったり。一人のときでもご飯を適当にすませずに、ゆったりと土鍋でご飯を炊いてみたり。ちょっとした日常の「心がけ」が生活を豊かにするのだなと気づかせてくれる。忙しい人ほど、この作品を読んだほうがいいかもしれない。

この小説は一見、アキコの平穏な日常を描いたものである。しかし本当はそうではなく、彼女のセカンドライフにおける闘いを描いた作品だと思う。会社で激しく議論したり、プレゼンテーションで勝ち負けを競うばかりが闘いではない。アキコの姿は、毎日何かに向き合って悩みながら丁寧に日常を重ねていくすべての人に、無言でエールを送っている。

『パンとスープとネコ日和』

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著者:群ようこ
出版社:角川春樹事務所
プロフィール

栗田宏美(くりた ひろみ)
クレディセゾン プロモーション戦略グループ。3月に出産し、現在6か月の男の子のママ。時短勤務の傍らTECH::CAMPに参加、育児だけでなくプログラミングの「初心者」としても奮闘中。

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