【経産婦・出産体験談】お腹が張り病院へ…促進剤を使いすぐに

【経産婦・出産体験談】お腹が張り病院へ…促進剤を使いすぐに

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経産婦の方で陣痛促進剤を使った経験のある場合でも、その使用タイミングが同じとは限らないようです。1人目、2人目ともに促進剤を使った「りーたんりーたん」さんの場合はどうでしょう。

今回は、経産婦である「りーたんりーたん」さんから頂いた出産体験談をまとめました。

妊娠から出産までの気になるあれこれ

妊娠の経緯・方法は?

自然妊娠

出産時の年齢は?

25歳

出産したときの妊娠週数は?

1人目は妊娠40週で出産。
2人目は妊娠39週で出産。

妊娠時、上の子の年齢は?

22歳

2人の子どもの出産場所は?

1人目の時も2人目の時も住んでた地域が違うため出産場所は異なりますが、陣痛がきてもすぐに病院に行けるようにどちらも自宅から近い所のクリニックにしました。

1人目は福島県いわき市の森田産婦人科、2人目は福島県福島市の笹谷産婦人科です。

出産方法は?

1人目2人目どちらも普通分娩です。

痛いのが嫌いなので本当は無痛分娩希望でしたが、金銭面と、主人に出産の痛みを体験した方がいい思い出になると言われ、渋々普通分娩にしました。

今思うことは普通分娩にして本当の痛みを知り、いい経験になったと主人に感謝しています。

里帰り出産をした?

1人目2人目どちらも里帰り出産はしませんでした。実家には産婦人科がなかったのが1番の理由です。出産後は1人目の時は実家にしばらくいて、家事などの負担もなく良かったです。

ただ2人目の時は東日本大震災があり大変でした。

分娩はどうだった?

陣痛がきてから入院までの経緯は?

あの時は確かまだ寒い冬、17時頃だったと思います。主人は普段ほぼ毎日帰りが遅かったです。夕飯を作り終えて1人目の息子とご飯を食べていました。食べ終わって食器を洗い終え、座ろうとした瞬間おなかが張りました。

1人目の時はほとんどなかったですが、2人目の妊娠時はお腹が張りやすく薬をたまに飲んでいました。また1人目の時は出産が遅かったので、まさかここから出産になるとは思っていなかったです。

話は戻り、いつものお腹の張りかなと思っていたので少し横になっていましたが張りが長く、またたまに激痛になってきて主人に電話をしました。出産タクシーは少し前に予約していましたが、主人が早く帰ってきてくれるとのことで待って、帰宅後すぐに病院へ。

主人が帰宅するまで息子はマイペースなのか、私を気にせずにTVを観ていました。

入院から分娩までの時間は?

1人目の時は12時間くらいで出産。
2人目の時は6時間くらいで出産。

入院から出産までの経緯は?

病院に着いてすぐに診察。陣痛が微弱と言われましたが、このまま促進剤を打って出産すると先生から話をされました。ちなみに1人目の時は出産予定日が1週間を過ぎても陣痛がこなくて促進剤を打っての出産です。

点滴で促進剤を打って2時間ほど陣痛がピークになってきました。1人目の時の出産を思い出し、痛いのがもともと嫌いなのでものすごく辛かった、としか言いようがありません。涙が止まらなったです。

また夜中だったので就寝している息子も気になっていましたが、息子や主人、そしてお腹の赤ちゃんのためにも頑張ろうという気持ちが増してきて頑張りました。

そして陣痛がきて6時間後2人目を出産。2682gの元気な女の子が生まれました。産声もしっかりあり、主人も息子も待望の女の子に翌朝喜んでいました。


旦那様の出産立会いは?

立会いなし。夜中で息子の面倒を見なきゃいけなくてできませんでした。

1人目の時の旦那様の出産立会いは?

立会いなし。本当は立会いをしてほしかったです。主人が仕事で連絡がとれず、出産後に来ました。私が必至で頑張っている姿を見てほしかったですが、血を見るのがもともと嫌いと話していて、主人は立会いたくないの一点張りでした。

私としては何としてでも出産を見てほしかった。どちらにしろ仕事ですぐに病院に駆けつけることが難しく、主人的にはラッキーだったのかな。

ですが出産を終えた後は感謝の言葉、また入院中や退院後はしっかりサポートをしてくれて良きお父さんです。普段仕事が忙しくなかなか子どもと触れ合えませんが、育児に少しだけでも参加してくれて私も感謝しています。

3人目こそは。立会いをして出産の大変さを痛感してほしいです。

出産後はどうだった?

出産後の入院生活は?

大部屋は気を遣うので個室にしました。

1人目の時は病院の看護婦さんや助産師の態度がいまいち気に食わなくて嫌でしたが2人目を出産した病院は助産師も先生も優しく、母乳指導もしっかりしていました。

母乳マッサージをしてくれたベテランのおばさんがすごい上手だったのは今でもすごい覚えています。食事は手作りのパンがとても美味しかったです。

面会もきちんと決まっていて、その時に家族や友人が来てくれていました。

入院日数は6日、費用は40万はかからなかったと思います。

退院後2日後に東日本大震災がきて、2週間検診や1か月検診が遅れたりといろいろありましたが、丁寧に対応をしてくれて、ここの産婦人科にして良かったと思います。

出産後の上の子の様子は?

赤ちゃん返りは特になかったと思います。2人目を出産した時息子は2歳半。まだまだ小さかったですが、わりとしっかりしていた方だと思います。

入院中は市外に住んでいる私の母親に2週間ほど滞在してもらっていました。毎日母親と病院にきて赤ちゃんと私に会いにきてくれましたが、おばあちゃんが大好きな息子は早くおでかけしたいと言い、面会は30分もいなかったと思います。

お兄ちゃんになった実感が入院中の時はなかったと思います。2人目の頬ツンツンしたりしたくらいで特には質問もなかったです。

退院後は私1人で子育てする予定が大震災で母親が自分の家に帰れなくなり、私の家にしばらくいることに。ある意味助っ人がいて助かりました。

経産婦ならではのエピソードは?

1人目の時は陣痛がなかなかこなったので、陣痛というものを知りませんでした。ですが明らかにお腹の張りがいつもと違う、そして張りが長かったので陣痛がきたなと分かりました。2回目の出産だったので気持ち的には少し余裕がりましたが、出産はやっぱり痛いです。

母乳は1人目の時はなかなか出にくくミルクと混合でした。助産師さんの母乳マッサージも正直上手ではなかったです。

2人目の時は助産師さんのマッサージのおかげもあり乳管がしっかりしていて、母乳の出が良かったです。体力の回復は早かったと思います。床上げも早かったですが、大震災もあってバタバタとした毎日でした。

育児の知識も2人目なだけあって、1人目の時は育児本を片手に持ちながらでしたが、段取り良く育児ができました。

出産後の上の子への接し方の変化は?

2人目を出産するまでは1人目をしっかり見ていて、一緒に遊んだり話したり接することができました。ですが2人目を出産後は正直余裕がなくなかなか一緒に遊んだりができなったです。

息子もまだまだ甘えたい時期だったのに接することができなくて1人目には申し訳なかったと思います。

1人目は前問でも答えましたが、しっかりしていた方でオムツ卒業が2歳10ヶ月ででき、手がかからなったです。

1人目は2人目が生まれて退院をしてからお兄ちゃんの実感がわいてきたのか、2人目の面倒をみたりミルクをあげたり、あやしたりしてくれました。今でもそれは変わらず一緒に遊んだり話したり、喧嘩もしょっちゅうしますが仲良しの兄妹です。そんな子どもたちが大好きです。

まとめ

以上、りーたんりーたんさんの出産体験談でした。出産を経験されている方のお話を参考にして、出産への不安を解消できるといいですね。

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