子どもたちに豊かな地球を残す。オーガニックコットンの先駆者・渡邊智惠子の想い

子どもたちに豊かな地球を残す。オーガニックコットンの先駆者・渡邊智惠子の想い

Bu facebook
Bu twitter
「セブンスジェネレーション(7世代後のことを考えて生活しなさい)」という言葉をご存知でしょうか。ネイティブアメリカンの教えであるこの言葉を多くの人に伝えることで、忙しい毎日のなかにも「気づき」を与えたいと考えている女性がいます。それは、オーガニックコットンの輸入・製造・企画・販売を手がける株式会社アバンティの代表取締役、渡邊智惠子さんです。数々の財団法人やNPOの理事を務め、子どもたちに衣食住の大切さを伝える活動や、被災した東北の人たちと事業を立ち上げるなど、「社会起業家」としても活躍しています。

40代で出産をし、現在21歳になる娘さんを女手一つで育てたというワーキングママでもある彼女。30代のときに、テキサスでオーガニックコットンを作るファーマーたちに出会い、彼らの「生き方」に感銘を受けた渡邊さんは、環境問題に加え、子どもたちや女性たちのために尽力し続けてきました。60歳を過ぎたいまでも、新しいことに挑戦し続ける彼女の原動力に迫りました。

取材・文:片貝久美子 撮影:木村朗子
プロフィール

渡邊智惠子(わたなべ ちえこ)
1952年、北海道生まれ。1975年に株式会社タスコジャパン入社後、1983年に取締役副社長に就任し、その後退社。1985年に株式会社アバンティを設立し、代表取締役社長に就任。1991年からオーガニックコットンの直輸入を始め、日本にオーガニックコットンを広める活動をしている。働く女性のロールモデルを表彰する『ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010』でリーダー部門を受賞するほか、NHKの人気番組『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演し、社会起業家として注目を集める。ソーシャル事業として東北復興支援「東北グランマの仕事づくり」(2011年〜)、「フクシマオーガニックコットンプロジェクト」(2012年〜)、子どもたちが「衣食住」の原点を学ぶ「わくわくのびのびえこども塾」(2013年〜)をスタートさせる。2016年からは「22世紀に残すもの」をテーマに、さまざまなゲストと対談をするラジオパーソナリティを務める。また同年2月8日に、鹿による森林災害を考える活動として「一般財団法人 森から海へ」を設立。
渡邊智惠子オフィシャルサイト:http://chieko-watanabe.com/
株式会社アバンティ:https://avantijapan.co.jp/
「7世代後の未来のために、私たちは何をするべきなのか」。それが私の原点です。
―株式会社アバンティの代表である渡邊さんは、日本でオーガニックコットンのパイオニアとして名を知られていますが、当時、知名度の低かったオーガニックコットン事業に取り組まれたきっかけは何だったのでしょうか?

渡邊:最初は仕事として1990年にオーガニックコットンをアメリカから輸入する話をいただいたのがきっかけでした。私自身は「織物」と「編み物」の違いすらわからない素人でしたけど、当時、3人の従業員を食べさせなきゃいけないし、会社を立ち上げたばかりだったので、来る者は拒まずで始めてみることにしたんです。とにかく朝から晩まで、コットンの栽培方法や糸がどうできているのかなど、勉強漬けの毎日でした。お金の余裕もなかったので、代表取締役という立場なのに、姉の家に居候するくらいの貧困生活でしたね(笑)。

―その苦しい生活でも、続けられたのはなぜでしょうか?

渡邊:地球にやさしいオーガニックコットンは絶対、世の中のためになるって思ったからです。生産者であるテキサスのファーマーに教えてもらって驚いたのが、通常のコットンとオーガニックコットンでは、環境への負荷が大きく違うということです。通常のコットン栽培が農薬などによって環境にどれだけ大きなダメージを与えているのか、逆にオーガニックがどれだけ環境に配慮しながら綿作りをしているかということに衝撃を受けました。いまは無農薬が世の中に浸透して理解がありますが、当時、コットンの無農薬栽培についての認知度は低く、初めて知ることばかりでした。

―テキサスのファーマーたちは、いち早く無農薬のコットン栽培にこだわっていたんですね。

渡邊:彼らはクリスチャンで、「この土地は神様からの授かり物である」「ゆくゆくは神に返すものだから、健康な状態を維持するんだ」と話すのですが、その言葉がストンと自分の胸に落ちたんです。その言葉と行動に嘘はないし、無理をしていないから、長く続けられるのだと。それからもう一つ、「セブンスジェネレーション」という言葉に出会ったことも大きかったですね。

―セブンスジェネレーションとは?

渡邊:ネイティブアメリカンの精神に基づく考え方で、「自分の行動は7世代後にまで影響するので、そこを意識して日頃の行いを判断しなければいけない」というものです。そうであるならば、いま私たちは何をしなきゃいけないのかを考えざるを得ない。私にとって「セブンスジェネレーション」という言葉は、物事を進めていくときの道しるべで、行動の基本になっていると思います。
周囲から何を言われても、自分が「できる」と信じていれば必ず道は開ける
―実際、渡邊さんが行っているソーシャル事業もそういった信念に基づくものですよね。

渡邊:そうですね。「東北グランマの仕事づくり」や「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」は、東日本大震災で仕事をなくしたけど、東北が好きで、地元を離れたくないと話すお母さんたちと出会って始めました。私のビジネスで東北の人たちに寄り添えるなら、やる意味がある。被災した人たちとずっと向き合っていこうって決意をして立ち上げたんです。

―その後も、子どもたちに衣食住の大切さを伝える「わくわくのびのびえこども塾」や、鹿による森林災害を考える「鹿プロジェクト」、最近は熊本地震で被災した女性たちをサポートするプロジェクトも立ち上げています。

渡邊:幼少のころに両親が離婚して、兄妹が離ればなれになった経験があるせいか、人恋しさがあるのかもしれない。だから人が集まるような場所を作り続けているのかもしれません。「わくわくのびのびえこども塾」は、両親がいなかったり、虐待などを受けた子どもたちのために、児童養護施設を作りたいって思ったのがきっかけでした。でも施設の設置はとてもハードルが高かった。そこで、自分たちのネットワークを活かして、女性起業家の仲間12人に声をかけて、施設で育った子どもたちに「生きること」の原点を学ぶ場を設立しました。

「わくわくのびのびえこども塾」の活動では、プロの建築家を招いて藁の家作りを体験
―いま起きている現実と、これからの未来を考えたうえでの行動だと。まさに「セブンスジェネレーション」の思いからですね。

渡邊:「地球のため」「社会のため」「人のため」にと、次々に立ち上げるし、それぞれに関連性はないけれど、ソーシャル事業は打ち上げ花火ではなく、「継続」することに意味があるんです。だから会社経営も100年企業を目指していますし、それが「社会貢献」だと思っています。

―誰かを手助けするときは、「続けていく」ことを覚悟すべきだと。

渡邊:でもやっぱり何かを始めるときは、周囲に「できるんですか?」って聞かれますよ。でも、できるって信じるしかないんです。これをやったら物事がいい方向に行くっていう信念を持っていれば、必ず道は開けるし、続けることができると思って、私は行動しています。

関連する記事

この記事のキーワード

RANKING
YESTERDAY

WHAT'S CHIENOWA?

CHIENOWA'S ORIGINAL
STAFF PICK UP