高木正勝が田舎で見つけた、地域コミュニティー・子育て・暮らし方の選択肢

高木正勝が田舎で見つけた、地域コミュニティー・子育て・暮らし方の選択肢

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有名企業のCM楽曲提供や、『おおかみこどもの雨と雪』をはじめとする細田守監督作品の劇中音楽を担当するなど、国内外で高い評価を獲得している音楽家 / 映像作家・高木正勝。2013年に生まれ育った京都の新興住宅地を離れ、現在は兵庫県の山奥に位置する人口20人ほどの村で生活を送っています。普段は村の中で主に高齢のお年寄りたちと接し、一方では、近隣の小学校に出向いて音楽を通じて生徒との交流も行うなど、コミュニティーの中で幅広い世代と関わりながら、音楽を作り続けるというライフスタイルには、都会暮らしでつい見落としがちな豊かさのヒントがきっと隠されているはず。そこで今回は、田舎暮らしを選んだ理由からコミュニティーとの関わり方、親目線と子ども目線の双方から見たよりよい未来についてまで、高木さんに幅広く話をしていただきました。

取材・文:金子厚武 撮影:豊島望
プロフィール

高木正勝(たかぎ まさかつ)
1979年生まれ、京都府出身。繊細なピアノ演奏とコンピューターを使った音楽制作のほか、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像作品も手がける多才なアーティスト。2009年には日本語版『Newsweek』で「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれ、世界的な注目も集めている。オリジナル作品としては2009年に1stアルバム『pia』をリリース後、2013年『おむすび』、2014年『かがやき』などを発売。CM楽曲も提供しており、SHARP「AQUOS」、サントリー「南アルプスの天然水」、JR東日本「行くぜ、東北」など、誰もが一度は耳にしたことのある名曲も多い。細田守監督作品では2012年に『おおかみこどもの雨と雪』、2015年に『バケモノの子』の劇中音楽を担当。映像ではUAやYUKIなどのミュージックビデオを制作。2013年から兵庫県の山奥に移住し、制作活動をしている。
http://www.takagimasakatsu.com/
自分がファンタジーだと思っていた世界が田舎にはあったんです。
―慣れ親しんだ京都の新興住宅地での暮らしをやめて、高木さんが田舎暮らしを始めたのはなぜですか?

高木:もう引っ越して2年半くらい経つんですけど……なんででしたっけ?(笑)

―(笑)。思い出せないくらい、すっかり慣れてしまった?

高木:そうですね。少し前までは、子どもの頃から暮らしていた新興住宅地での感覚がまだ残っていたんですけど、今はもうずっと前から田舎で暮らしているような感覚ですね。もともと漠然と田舎に対する憧れは持っていたんです。母の実家が兵庫の田舎で、盆や正月に遊び行くのが楽しみでした。田畑があって縁側でスイカを食べたり、家の造りがだだっ広かったり、なにより人が愉快で優しいのがうらやましかった。いつかこういうところで暮らしたいなと思っていました。僕たちの子どもの頃は、映画『となりのトトロ』や幻想も含めて、田舎っていいところとして描かれていたじゃないですか。落ちてくるような満点の星空があって、動物は近くでうごめいて、食べるものは自分たちで作って食べて、いいことばっかりだっていう。僕はニュータウン育ちでしたが、田舎に行けば自分がファンタジーだと思い込んでいたものが、目の前やそこら中にあったんですよね。

―都会にいると、自然に囲まれた田舎に憧れを抱くことはよくありますよね。でも実際に行動に移せる人はそう多くありません。引っ越すことに対して、不安はありませんでしたか?

高木:「ちゃんと生活していけるのかな?」っていう漠然とした不安は僕にもありました。でも暮らしてみると全然心配するようなことはなくて。確かにスーパーや駅まで行くのに時間はかかりますが、たどり着く道中ですれ違う人との交流が楽しかったり、景色を見ているだけでも季節の移り変わりを感じるので飽きません。うちの家は山の谷間にあるので夕陽が見られないのですが、夕方の買い物で出かけたときに見られるので、そういう風に楽しめばいいと思うんです。他の不安といえば家に携帯の電波が届いていなかったのですが、インターネットの光回線で携帯の無料アンテナも借りられるので、電話もインターネットも問題なく使えるんですよ。ガスや水道、電気ももちろん使えますが、最悪止まったとしても、裏山に行けば水を引ける川があって、火を起こすための木もあるので食事や暖をとるのもなんとかなる。田畑で食べ物も作れますし、トイレだって土があるから大丈夫。やり方さえわかっていれば、いざというとき、なんとか生きていけるんですね。村自体に人が少なくなったとか多少なりの問題はあるのかもしれませんが、村に漂っている安心感は他では得られないものだと思います。村の人たちは山や川や生き物との一体感の中でずっと暮らされているので、山を含めた村全体が一つの家というか、大きな安心感がなにより嬉しいです。

―生活する上でなにかしらの問題があるのは、どこにいたって同じだと。

高木:田舎だと、みんな顔見知りでしょっちゅう顔を合わせるから、会えばお互いの健康状態を確認できます。世代を超えてよくおしゃべりするし、遊ぶし、協力して一緒に作業もするし、悪い面は特にないですよ。生きる上で大切なものに触れられるので、毎日が充実しています。
コミュニケーションのストレスって「こうだったはず」という思い込みから生まれるけど、相手は別の軸で動いている。
―2年半暮らしてきた中で、以前までと最も変わったのはどんな部分ですか?

高木:お年寄りも含め、町内の人と頻繁に関わるようになったのが一番大きな変化だと思います。あなたは地域の人たちと関わられています?

―いや、私の場合、同じマンションにどんな人が住んでいるのかもわかってないですね(笑)。

高木:僕も前は人づき合いが苦手だったんですよ。近所とのコミュニケーションがわずらわしいと思っていたので、町内会にも出ていませんでした。あんまり家にいなかったら回覧板もそのうち飛ばされるようになって(笑)。でも、引っ越してからは自分から村の人と関わるようになったんです。月に1~2回、村のみんなで集まって話し合ったり作業をしたりすると、「こういう人たちが草刈りをやってくれていたんだ」って、社会の別の側面が見えてくるようにもなりましたね。

―そういったコミュニティーとの関わりが、逆にストレスになったりはしませんか?

高木:いや、僕はそういう関わりを本当はしたかったんですよ。でも、組織が大きすぎたり、決まりごとが多すぎたりして、自分の立ち入る隙がないと思っていました。自分がそのコミュニティーでなんの役に立てるのか、さっぱりわかりませんでしたし、それよりも自分の音楽や映像の仕事に集中したかった。でも今は、率先して地域に関わるようになりました。そうするといろんな世代の人に出会えますし、学ばせてもらえるし、草刈りも清掃もお祭りも一つひとつが大切なことだと実感しているので、楽しく参加させてもらっています。自分が地域に関わることで自分にも役割ができることが楽しいです。

町内会で村のお父さんたちと
―信頼関係を築いた場所で役割があるというのは、そこに自分の存在意義も生まれますよね。コミュニケーションを円滑にするために、なにか気をつけていることはありますか?

高木:あんまり気にしないのがいいと思います。相手に対して変に気を使ったり、相手のことを考えすぎると、ギクシャクします。人間関係もそうですが、「こうでなくてはならない」みたいな思い込みや期待があり過ぎると、自分自身がギスギスしてくるので、そうは思わないように気をつけています。人が怒ったりするのって、「こうだったはずなのに、そうじゃない」みたいな場面が多くて、でもそれは自分の中で決めたことで、相手はまったく別の感覚で動いているわけじゃないですか? 相手をコントロールできなくてイライラするのはみっともないので、あまり周りの反応は気にせず、自分が素直にしたいことをするのがいいと思うんですよね。

―都会で暮らしていると、「時間に追われている」みたいな感覚に陥る瞬間がありますけど、情報量が多い分、しなくてもいいことをついやっちゃっていたりしますよね。

高木:時間に追われている感覚は田舎でもありますよ。むしろ、本当に追われる。暗くなったらなにも見えなくなりますし、畑仕事だって種を蒔く時期を逃したら育ちません。季節がまわっている流れが絶対的にありますから、やりたいことがあっても日々の生活に追いつくので精一杯なんです。油断していると、庭が草でボーボーになったり、すぐに自然に飲まれてしまう。だから、ホントに自分がしたいと思うことだけに集中したくなっていきます。つまり、「~したい」の純度が高くなっていく気がします。話が変わりますが、例えばこの前、家でピアノを弾いていたら窓からおばあちゃんが3人覗いていたんです。で、「上がらせてー」って、どどどっとスタジオに上がってきて(笑)、「前から来たいと思ってた」って言うから、一緒に太鼓を叩いたり村の盆踊りの音頭を歌って、「楽しかった! じゃあ!」って(笑)。自分の仕事に集中したいタイミングでしたが、おばあちゃんたちの急な勢いは、まあ自然現象みたいなもんなんですよ。ぱっと諦めてそれに乗ってみたら僕も楽しくなって、結局その後の仕事がはかどったんです。

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