10歳の息子は四か国語を勉強中。『ダーリンは外国人』名物夫妻の子育て

10歳の息子は四か国語を勉強中。『ダーリンは外国人』名物夫妻の子育て

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2011年から国公立の小学5、6年生で英語教育が必修化されるなど、年々その重要性が取りざたされるグローバル教育。子どもの将来を想い、教育の一貫として英語をはじめとする第2外国語を習得させる必要性を感じている方も多いのではないでしょうか。とはいえ、インターナショナルスクールへの進学や海外移住といった行動を実際に起こすとなると、さまざまな疑問や課題が立ちはだかるのが現状です。

『ダーリンは外国人』の著者である小栗左多里さんとトニー・ラズロさんのご夫妻は、息子のトニーニョくんの小学校入学のタイミングでドイツ・ベルリンに移住し、現在4年目を迎えています。日本人の小栗さん、ハンガリーとイタリアの血を受け継ぎ、アメリカで育ったトニーさんにとって、英語圏ではないドイツは未知の国。にもかかわらず、なぜドイツへの移住を決めたのでしょうか? お二人が考える、「家族に合った暮らし」から「子どもの言語教育」まで、漫画さながらの掛け合いで、それぞれの意見を交わしていただきました。

取材・文:片貝久美子 撮影:豊島望
プロフィール

小栗左多里(おぐり さおり)
1966年12月10日 岐阜県関市生まれ。1995年、集英社月刊少女漫画誌「コーラス」にて、「空に真赤なモノレール」でデビュー。夫のトニー・ラズロ氏との結婚生活を描くコミックエッセイ『ダーリンは外国人』シリーズを2002年に開始。2012年、ドイツのベルリンに一家で移住。最新刊に『ダーリンは外国人 まるっとベルリン3年め』がある。
http://ogurisaori.com/


トニー・ラズロ
ハンガリー人の父とイタリア人の母の間に生まれ、アメリカに育つ。自他ともに認める語学好き。1985年より日本を拠点とするライター。英語と日本語で文書を書く傍ら、1992年から多文化共生を研究するNGO「一緒企画(ISSHO)」を運営。
http://talking.to/tony/
息子の小学校入学のタイミングが、ベルリン移住の一つのきっかけになった感じですね。(小栗)
―現在ベルリンにお住まいの小栗さん、トニーさんご家族ですが、移住のきっかけはなんだったのでしょう?

小栗:もともとトニーに10年以上前から海外に住もうと言われていたんですよ。私も乗り気だったんですけど、息子のトニーニョが生まれてすぐはさすがにバタバタして難しくて。トニーニョの小学校入学のタイミングが、一つのきっかけになった感じですね。

小栗左多里さん
―ベルリンというのは、小栗さんやトニーさん、もちろんトニーニョくんにとっても「母国」ではないわけですよね。住み慣れた国を離れることに対するためらいはありませんでしたか?

小栗:私としては、どこに住んでも日本の読者を相手に漫画の仕事をすることは変わらないので、制限がないぶん選択肢がたくさんあるという印象でした。移住の候補地は、実は10か国以上あったんですよ。ベルリン以外にも例えばシンガポール、バリ、ブダペスト、パリなど、いろいろ考えていて。

―その中で、ベルリンを選んだ決め手はなんだったのでしょう?

小栗:日本の読者が興味を持てるような、ある程度の知名度を持つ大都市であることは必須でしたね。それと私もトニーも車を持っていないので、公共の交通網がしっかりしているところがいいなと。さらに、息子も一緒なので、質の良さそうな学校があるところ、医療がしっかりしているところといった感じで徐々に絞っていって、あとは実際に行ってみたときの印象も加味しながら、2年ぐらいかけてゆっくり決めていきました。

トニー:ベルリンは、いろいろな国に行く拠点にもなるんですよね。ヨーロッパの中央に位置しているというわけではないけれど、どこでもわりと簡単に行けることもポイントでした。あとは、街の文化や歴史に惹かれたことも大きいです。

トニー・ラズロさん
日本の教育がダメというわけではなくて、もう少し私たち家族に合いそうな環境で育てたいなという気持ちがありました。(小栗)
―言語の壁についてはいかがでしょう? ベルリンの言語はドイツ語で、小栗さんにとってもトニーさんにとっても挑戦だったのではないかと想像します。

小栗:私は、英語でさえトニーと出会ってから勉強し始めたので、まだまだ満足に喋れるというわけではないのですが……。言語への好奇心という意味でいうと、トニーが英語圏でも日本語圏でもないところに行きたかったんですよ。彼は自分でも「言語オタク」とよく言っていますが、新しい言語に出会いたい気持ちが強いから。

トニー:これまで英語圏と日本語圏に住んできたので、次はフランス語や中国語、インドネシア語など、さまざまな選択肢がありました。僕たちの場合は結果的にドイツ語が我が家と関係する言語になりましたけど、新しい言語と接点を持つことを楽しみに思っていれば、全世界と繋がることが可能になるし、夢が広がりますよね。

―たしかに言葉の壁がなくなれば、住む場所や仕事の幅、子どもの教育などさまざまな選択肢が広がりますよね。さきほど、息子のトニーニョくんの小学校入学が移住のタイミングになったとおっしゃっていましたが、それはお二人のどういう教育方針によるものだったのでしょう?

小栗:私自身の経験を振り返ると、中学校時代が苦しかったんですよね。校則が厳しくて、みんなと同じじゃなきゃだめで……という管理教育が合わなかった。日本の教育がダメというわけではなくて、もう少し私たち家族に合いそうな環境で育てたいなという気持ちがありました。具体的な学校のことは主にトニーが調べたんですけどね。研究が大好きなので(笑)。

トニー:例えば、私たちが当初候補に入れていたバリには、「グリーンスクール」という世界から注目されている学校があるんです。校舎が竹でできていて、敷地ではヤギをはじめとする家畜を飼っていたり、ジャングルを横断して通学しなくちゃいけなかったり(笑)。その学校に子どもを通わせたくて、バリのウブドに欧米から人がたくさん来ているという状況があります。そうやって調べてみると世界には本当にいろんなタイプの学校がありましたけど、結局息子が通うことになったベルリンの学校は、英語とドイツ語の両方で授業をしてくれたり、言語に関する教育システムがしっかりしていたんですよね。しかもそれが公立で、評判のいい学校であったことが決め手になりました。

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