「キモチハ ワカルヨ」のススメ

「キモチハ ワカルヨ」のススメ

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「わかるよ。」

自分の思いに寄り添ってもらえるこの言葉がどれほど心を癒すのか。子育てをして初めて感じた思いです。

毎日眠いよ。 わかるよ。

子どもにイライラしてしまうねん。 わかるよ。

いつになったらオムツ外れるねん。 わかるよ。

旦那の脱ぎ散らかした靴下が憎いねん。 わかるよ。

子どもが産まれる前は仕事につけ家庭の事情につけ恋愛につけ、つい愚痴ってしまった言葉に対しての同調の言葉が疎ましく、「あんたに何がわかるねん。」せっかく相手がかけてくれた言葉に対して、腹の中では毒づいていました。

妊娠中はあれやこれやと世話を焼いてくれる実母や姑にもイライラしてしまい、「経産婦がうるさーーい!」と大音量での寝言を言ってしまうほどでした。

その後産まれた娘が2歳半を過ぎたくらいときのことです。 お友達に興味を持ち始め関わりが増えたことから、相手に危害を加えることが出てきはじめ、私が一瞬大きな声で行動を静止しなければならないようなことが増えてきました。 そんな時娘は、じーっと下を向いて私に抱っこ要求しながら、決まって「キモチハ ワカルヨ ッテイッテ」と泣きつくのでした。 私は娘を抱っこしながら「うんうん気持ちはわかるよ。おもちゃ取られて悲しかったんやな。わかるよ、せやけどなあ…。」

私が諭そうとしても今度は泣いて抵抗します。

気持ちはわかるよ。せやけどやったらアカンことはアカン。叩くのはナシやでぇ…。

どうしたものかと悩む日々。そんなある日またもや 娘は同じようなことでお友達とけんかになりました。
泣くお友達。直立不動でじーっと下を向いて立ち尽くす娘。

あぁ、いつになったら治まるのだろう。私の育て方が悪いのか。愛情が足りていないのか。

ところがその日の帰り道、その一部始終を見ていた娘の別のお友達が、娘と手をつないで歩きながら言いました。

「さっき〇〇ちゃんをぺちんしてしまったのは、おもちゃとられていやだったからなんだよね。」

「さっき△△ちゃん(娘)はかえしてほしかっただけなんだよね。」

「△△ちゃんのキモチハ ワカルヨ。ワカルヨ。」

お友達は一度も娘を否定しません。イヤダッタンダヨネ。キモチハワカルヨ。

娘と月齢もさほど変わらないそのお友達は、そう言って何度も何度も、繰り返し娘の手を握りしめました。

娘はうんうんとうなずきながら、今にも泣きそうな笑顔で、何度も何度もうなずいてお友達の手を握り返しました。

娘は自分がしたことが悪いことだとよくわかっていたのです。

でも、自分の少ないボキャブラリーでは、おもちゃを取ったお友達に何と伝えたらよいのかわからず手が出てしまったのです。2・3歳ぐらいまでの子なら、当たり前のことです。

自分で悪いことだとわかっているのにさらに母親から否定されて、悲しかったのです。ただひたすら「キモチハワカルヨ。」と言って欲しかったのです。

3歳になったばかりの娘のお友達に教えてもらって反省した私は、それ以来娘が悪くても「気持ちはわかるよ、でもね…。」の「でもね」のような否定につながる言葉は極力避け、「気持ちはわかるよ、だから〇〇してって言おな。」と肯定につながる言葉を選ぶようにしました。

そうするうちに月齢とともに語彙力も上がってきたこともあり、娘のお友達への”ぺちん”はなくなっていきました。

大人でも同じです。

毎日眠いよ。 子育てしてるんだもん、当たり前よ。

子どもにイライラしてしまうねん。 自分で決めて産んだんだから。

いつになったらオムツ外れるねん。 みんなやってることよ。

旦那の脱ぎ散らかした靴下が憎いねん。 それなら〇〇しなきゃ駄目よ。

欲しいのは、上から目線のアドバイスじゃない。

ただただ寄り添って欲しいのです。

子育てという戦場にいる”同士”だからこそ共感してもらうことが嬉しい。

足かせをはめられたかのように自由が利かない毎日。追い打ちをかけるように次々と発生する予想の上をいくトラブル。やってもやっても終わらない雑事。すべてを放り出したくなったとき、同士がくれる特効薬は何よりこのひと言。「キモチハワカルヨ。」

ついつい相手のことを想ってするアドバイスは、ママたちにはめられた足かせを2重3重にしてしまいます。
先輩ママさん方、未熟な新米ママがあたふたしていたらどうか、「キモチハワカルヨ。」寄り添ってあげてください。

文・桃山順子
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