「後悔のない働き方をしてほしい」。乳がん経験の女性が語る、仕事の価値

「後悔のない働き方をしてほしい」。乳がん経験の女性が語る、仕事の価値

Bu facebook
Bu twitter
現在、日本人の死亡原因1位は「がん」。なかでも、女性がかかりやすいとされる「乳がん」は、いまや日本人女性の12人に1人がかかる病気と言われている。(国立がん研究センターがん対策情報センター「がん情報サービス」より)

今回ご登場いただく鈴木美穂さん、武田雅子さんは、ともに乳がん経験者。二人はがん患者の支援活動を通じて出会ったというが、病気が発覚した当時、鈴木さんは日本テレビ 報道局社会部記者として、武田さんはクレディセゾン 人事部課長として働く、バリバリのキャリアウーマンだった。

がん治療というと、仕事を辞めて、長期間の治療に専念する必要があると思いがちだが、二人はその選択をせず、治療を終えた後、職場に復帰。いまでは本業の傍ら、鈴木さんは「マギーズ東京」、武田さんは「CSRプロジェクト」という、がん患者をサポートする団体の活動にも積極的に参加している。生死をさまよう病気に直面しながらも仕事を続け、さらに社外活動にも尽力する鈴木さん、武田さんにとって、「働くこと」とは一体何なのか。東京・豊洲にある「マギーズ東京」で、その思いを聞いた。


取材・文:片貝久美子 撮影:大畑陽子
プロフィール

鈴木美穂(すずき みほ)
日本テレビ 報道局社会部。NPO法人マギーズ東京 共同代表理事。2008年、24歳のときに乳がん(ステージ3)が発覚。手術、抗がん剤治療を経て、8か月後に職場復帰した。日本テレビでは現在、報道局社会部機動班のサブキャップ兼キャスターを務めている。社外活動では、がん患者やその家族、友人などが落ち着いて考え、動き出せる場所を作りたいと、クラウドファンディングなどを実施。総額約9,000万円の資金が集まり、2015年4月にNPO法人「マギーズ東京」を立ち上げ、東京・豊洲に看護師や心理士が駐在する「マギーズセンター」をオープンさせた。女性誌『日経WOMAN』が年に一度、その年に活躍した、働く女性に贈る賞『ウーマン・オブ・ザイヤー2017』の「チーム賞」を獲得。
http://maggiestokyo.org/


武田 雅子(たけだ まさこ)
株式会社クレディセゾン 取締役 営業推進事業部長 戦略人事部キャリア開発室長。産業カウンセラー キャリアコンサルタント。2003年、35歳のときに乳がんの疑いがあり病院へ。原因不明のまま検査に検査を重ね、1年後に部位が特定でき、正式に乳がんの告知を受ける。2004年に手術を受け、3週間の休職後すぐに職場復帰。放射線治療と、治療の副作用による、うつ症状を乗り越え、現在は自身の経験を活かして疾患社員のメンタルヘルスケアや復職支援をサポートしている。また、がん経験者の就労を支援する団体「一般社団法人CSRプロジェクト」のプロジェクト理事として、講演会や個人の相談などにも取り組んでいる。
http://workingsurvivors.org/
上司に相談したら、「乳がん治療のために会社を辞める必要はない」と言ってくれた。(鈴木)
—鈴木さんは24歳のときに乳がんの診断を受けています。こういう場合、まずは仕事を続けるかどうかを迷うのではないかと思うのですが、お二人はどうお考えでしたか?

鈴木:私は最初、手術・退院後は以前と変わらずに仕事を続けようと思ったのですが、治療を進めるうちに無理が出てきました。抗がん剤の治療中には、うつ状態になってしまい、精神的にも辛く、電車にも乗れない状態で……。会社に行けなくて休みがちになったころ、上司に電話して「やっぱり私、辞めたほうがいいと思います」って言いました。

鈴木美穂さん
武田:普通だったら「(辛いから)辞めたいです」って言うのに、会社のことを思って「辞めたほうがいい」と言ったんだね。

鈴木:私が休んでいる間、同じ部署の人たちにすごい迷惑がかかっていることもわかっていたから。当時はまだ入社3年目で、そんなに働いてないのに在籍していることが本当に申し訳なくて。辞めたくはなかったけど、辞めたほうが会社側も人を補充しやすいだろうし、チームのためにはそのほうがいいと思ったんですよね。

—会社に迷惑をかけたくないという気持ちはよくわかります。そんな鈴木さんの申し出を受けて、上司の方は何ておっしゃったんですか?

鈴木:上司は、すぐに「疾病休暇」の説明と取得を勧めてくれました。「治療のために会社を辞める必要はない。休暇中も給与の一部が出るから安心して」って。社内には産休など、いろんな事情で長期間休んでいる人がいる。私の場合も「治療」というれっきとした理由があるわけだから、ちゃんと治療して戻っておいで、と声をかけていただきました。最終的に8か月の休職期間を経て職場に復帰しました。会社にそういう制度があることを知らない人って多いと思うんです。
社会のなかで自分の存在意義を持たないことは「社会的な死」に近づくこと。だから仕事は続けたいと思った。(武田)
—同様の制度はクレディセゾンにもあるかと思いますが、どの程度社員の方に認知されていますか?

武田:クレディセゾンにも「傷病休職制度」はあります。ただ、制度を知らないがために(鈴木)美穂ちゃんと同じように、休まずに続けるか、退職するかという100か0かで相談にくる人もなかにはいます。もしそういう社員がいた場合にも、「クレディセゾンは女性社員が多いので、育休や産休で長期休暇を取ることは普通のこと。だから休んだことによる社内でのブランクは、そんなに怖くないですよ」って説明して、「傷病休職制度」の取得を勧めています。

武田雅子さん
—武田さんは36歳のときに乳がんの診断を受けたそうですが、ご自身の場合はどうでしたか?

武田:私は営業職から人事部に異動したばかりのときで、どうしても仕事に穴を開けたくない、なんとしてでも会社に行きたいという気持ちのほうが強かったですね。なので、治療法もそれに合わせて、手術後、2日間の自宅療養を経てすぐに復帰しました。お休みは実質、3週間。その後は6週間、毎朝出社前に放射線治療を受けてから出勤をしていました。そこからは通院をしながら、ホルモン治療を5年間受けました。

鈴木:抗がん剤を使わない選択肢を選ばれたんですね。

—抗がん剤を使用せずに治療するという選択があることすら、知りませんでした。自分の治療計画に合った、納得できる方法で行うことも重要ですね。

武田:私の場合は再発のリスクだけでなく、自分らしく生活できる方法を主治医や家族と十分に話し合い、熟考を重ねました。最終的には、主治医の示す選択肢のなかから自己責任の下、この治療を選びました。やっぱりがん告知を受けた直後は頭が真っ白になって、思考が停止してしまうと思うんですよ。「もうダメだ……」って。でも、絶対に選択肢はあるはずで。これは乳がんに限らず仕事にも言えるのですが、自分の状況にどんな可能性があるのかを、一度冷静に考えてみるのがいいと思います。

—そして、もし病気になった場合でも、やはり仕事は続けたほうがいいと。

武田:これまで、クレディセゾンの社員や「CSRプロジェクト」の活動で何人もの人から病気の告知後すぐに、「仕事を辞めようと思う」という相談を受けましたが、そのたびに私は「ちょっと待って」とお話しています。それは、治療に必要なお金の収入源を確保しておいたほうがいいというのも理由の一つですが、それ以上に、社会との関わりはなくさないほうがいいと思うから。

というのも、世界保健機構(WHO)が定義する「健康」って、肉体的にも精神的にも社会的にも充実していることを指すんです。そういう意味では、社会との関わりがない「社会的な死」は健康とは言えません。

社会のなかで自分のプレゼンス(存在感)があること。仕事でもボランティア活動でも何でもいいと思うんですよ。そこを持たずに病気とだけ向き合うって、本当に辛いので……。社会的存在感を持つことの大切さだけは、私自身の今後の活動のなかでも絶対に伝えていきたいと思うところです。

関連する記事

この記事のキーワード

RANKING
YESTERDAY

WHAT'S CHIENOWA?

staff_pickup