被災者の言葉がきっかけに。独立後に戻った地元で、数々の縁を見つけたお花屋さん【100人100色】

被災者の言葉がきっかけに。独立後に戻った地元で、数々の縁を見つけたお花屋さん【100人100色】

自営業・47歳・未婚

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いろんな女性の働く・暮らすを知ること『100人100色』 Vol.29

それぞれの立場、個々の考え方によって「働く」ことへのスタンスは異なります。正解なんてありません。
「100人100色」では、100人の「働く女性」に登場いただき、等身大の姿を語っていただきます。年齢、環境、キャリア全ての背景が異なる人たちの100とおりの『想いや生き方』の中に、きっとあなた自身にとってのヒントが見えてくるはずです。

今回は、ご自身を「まじめな花屋」と表現する、プリザーブドフラワーのフラワーアレンジメント作家や講師として活動されている植木淳子さん(47)をご紹介します。
会社を辞めて戻った地元で、日々人との縁を感じているという植木さん。独立をしてからは、なかなか伸びない売り上げに落ち込んだこともあるそうですが、どのように乗り越え、どのような将来を思い描いているのか語っていただきました。
仕事の内容やそのお仕事をされるに至った経緯を教えてください。

趣味でフラワーアレンジメントを習い始めたのは20歳の頃です。講師の資格まで取りましたが、当時はバブル絶頂期で、フラワーアレンジメント教室は講師の資格を取った方たちであふれ、講師どころかアシスタントの空きもない状況でした。
そういった状況から講師になるのをあきらめて、しばらくフラワーアレンジメントから離れていたのですが、妹の結婚式でブーケを作ったことがありました。
いつも見慣れた妹がウェディングドレスを着て私の作ったブーケを持って美しく輝いていました。それを見てとても感動し、再びフラワーアレンジメントをしたい、ウェディングブーケを作りたいと思うようになりました。

そのしばらく後に、電機メーカーで働き始めました。たまたまデジタルカメラの部署に配属になり、その頃はまだそれほど普及していなかったデジタルカメラを扱うことができました。周りにパソコンに詳しい人が多かったので、「私にもホームページって作れるのかな?」と聞いたところ「作れるよ」と言われたので、デジカメでホームページ用の写真は撮れるし、花の市場も職場から近かったので、会社員として働きながらホームページを開設して生花のウェディングブーケの注文を取り始めました。
だた、花で食べて行くのが大変なのはわかっていたので、働きながら趣味の延長のような感じでずっとやっていました。「いつか嫁に行ったら本格的にやろう」と思っていたんです。

そんな中、2011年に東日本大震災が起き、その後三陸の仮設住宅で何回かプリザーブドフラワーのレッスンをさせていただきました。大変な時でも、花に触れている間は皆さん夢中になって楽しんでくださるのを見て、改めて花の持つ力を感じました。

昨年開催した、釜石でのワークショップでの集合写真
一緒に三陸に行っていた報道カメラマンの友人は、本来は動物や海の生物を撮るのが好きな子だったので、被災した現実を目にして精神的にまいっていました。あるとき、被災したお母さんが友人に語りかけたんです。
「明日、津波が来るとは思わなかった。だから、今日好きな写真を撮りなさい。何も怖がることはないんだよ。」と。
みんなで泣きながら聞きました。
この出来事が、会社を辞める大きなきっかけの一つです。今は、まだ花の仕事だけで食べていけるほどにはなっていませんが、会社を辞めて花屋として独立、その後実家に戻り、家族にはかなり助けてもらっています。また、会社員時代は地元に友達はほとんどいませんでしたが、今では地元にたくさんの友達ができ、それも嬉しく思っています。
これまでにぶつかった壁はありますか?そしてどう乗り越えましたか?

なかなか利益が伸びず「どうしたら売り上げを伸ばせるか」ということばかり考えて、メンタル的に苦しんでしまい、「このままでは病んでしまう」と思った時期がありました。

その頃、経営コンサルティングを受けていたのですが、その方から「自分に向いていることは大して努力をしなくてもうまく行くけど、向いていないことをやっていると、頑張っても頑張ってもなかなかうまく行かない」ということを言われました。
そして「どうせ赤字なら一度休んで、バイトでもしてみたら? 息抜きになるし、新しい何かが見えるかも」と言われて、開き直りました。

それまでは、「自分が食べていけていないのに、人の心配をしている場合じゃない」と、震災後に通っていた三陸にも行かなくなったりと、おせっかいな自分を封印していましたが、コンサルタントの方のアドバイスから「自分に向いていること」が何かを考えるようになりました。その時思った、自分が得意なことは人の応援をすること。
「おせっかいな性格の自分に正直になろう、おせっかいなのは変わらないんだから、おせっかい全開で行こう」と花屋以外の活動もしようと思うようになりました。

そこから仲間や家族に助けてもらいながらアツマル in SAKURAというイベントを開催するようになりました。アツマル in SAKURAは、地元佐倉やその周辺で活躍する店舗や作家さんに出店していただくイベントです。また、三陸でのワークショップも同年に再開しました。

昨年から開催しているアツマル in SAKURAにて
また友人でフリーダイバーの岡本美鈴選手を支援する「岡本美鈴サポーターズクラブ」を2010年に立ち上げ、事務局長をつとめています。
世界一を目指してストイックに努力する友人が身近にいて、そのサポートをすることができるのは、非常に貴重な経験です。
マイナースポーツはスポンサーを獲得することが難しく、海外遠征や日頃のトレーニング、安全対策等に係る費用は全て自己負担となってしまいます。
少しでも岡本選手を支援できるよう、クラブ会員の募集活動をしています。

岡本美鈴サポーターズクラブ、懇親会での集合写真
こんな風に自分を受け入れ、仕事以外の活動もしていくにつれ、あまり「売上、売上」と思い悩むことはなくなり、売上も少しずつ伸びています。

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