男性不妊は珍しいことじゃない。専門医とSeem開発者が語る生殖医療のいま

男性不妊は珍しいことじゃない。専門医とSeem開発者が語る生殖医療のいま

2019年2月1日公開

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子どもを望みながらも授からない、「不妊」に悩むカップルは少なくありません。本来、不妊の原因は男女双方に可能性があり、ともに検査や治療を受けることが望ましいとされています。しかしいまだ世間では、「不妊の検査や治療は女性が受けるもの」というイメージが強く、「男性不妊」の可能性については見過ごされがちです。

そもそも、そうした偏った認識が浸透しているのは何故なのでしょうか。また、男女がともに不妊への理解を深め、協力して治療に取り組むためには、どのような姿勢やアプローチが必要なのでしょうか?

30年以上にわたり男性不妊治療を研究してきた岡田弘医師と、2016年に『グッドデザイン賞』特別賞「未来づくり」を、2017年には『カンヌライオンズ』でモバイル部門のグランプリを受賞した精子セルフチェックキット「Seem(シーム)」の開発者・入澤諒さんに、お話を伺いました。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:玉村敬太
プロフィール

岡田 弘(おかだ ひろし)
獨協医科大学埼玉医療センター 病院長兼泌尿器科主任教授。1980年神戸大学医学部卒業。1985年同大学大学院医学研究科博士課程修了後、ニューヨーク医科大学に留学。その後帝京大学助教授を経て、2007年獨協医科大学越谷病院(現・同大学埼玉医療センター)泌尿器科主任教授に就任。2015年男性不妊と女性不妊を包括的に診療する、リプロダクションセンターを創設しセンター長に就任。2018年、同病院病院長となる。主な研究領域は男性不妊、尿路性器がん、尿路感染症、排尿機能。

入澤 諒(いりさわ りょう)
株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 新規事業開発担当。2008年東京工業大学生命理工学部生命科学科卒。2011年東京工業大学工学部建築学科卒。大学卒業後、モバイル向けのコンテンツプロバイダーに入社。女性向けの健康管理サービスの企画・プロモーションのディレクションや遺伝子検査サービスの立ち上げを担当。2014年11月にリクルートライフスタイルに入社し、新規事業開発部門に配属。スマートフォンで精子のセルフチェックができる「Seem(シーム)」を立ち上げ、現在はSeem事業全体の戦略策定からUXの検討、プロダクト開発までを担当する。
産婦人科の精液検査では不十分。男性向けの専門医を受診すべき
——WHO(世界保健機関)の報告によれば、不妊において「男性のみ」または「男女とも」に原因があるケースの割合は、合わせて48%。ほぼ半分のケースで、不妊の原因は男性にもあるということになります。にもかかわらず、「不妊治療は女性が受けるもの」といったイメージが一般化しているのは何故なのでしょうか?
岡田:やはり、子どもを体内に宿す力があるのは女性なので、どうしても「妊娠・出産は女性主体で進む」というイメージがあるのだと思います。「子どもをつくる」という段階ではお互い立場が同じはずなのに、男性はどうしても、「お手伝いをしている」というスタンスに陥りやすいんですね。

そうすると、不妊にまつわる医療も「産婦人科」がメインになっていきます。しかし、産婦人科の治療対象は「女性」なので、そこで精液検査を受けてもわかることには限りがある。男性の場合、本来は「泌尿器科」を受診すべきなんですね。こうしたことがあまり知られていないのも、男性の不妊検査や治療が広がっていかない要因の1つではないでしょうか。

岡田 弘さん(獨協医科大学埼玉医療センター 病院長兼泌尿器科主任教授)
——たしかに産婦人科での不妊治療の場合、検査の対象は女性がメインで身体への負担も大きい一方、男性は精液検査をして問題がなければそれで終了となるケースが多いですね。
岡田:産婦人科の場合、たとえ夫婦ともに治療を受けていたとしても、女性側のカルテは厚く、男性側のカルテは1枚ぺらっとしたものがあるだけの場合が多いです。

そもそも産婦人科は、女性のみを診療する特殊な診療科のため、男性患者は診療の対象になっていません。したがって、男性患者を対象とする場合、保険診療がありません。だから、自費で賄う自由診療のカルテ1枚しかないんですね。そこに書いてあるのも、名前と年齢と、感染症のあるなし、精液検査の結果のみの場合がほとんどです。
——産婦人科では、男性はあまりしっかりとした検査を受けられないんですね。
岡田:はい。ですから、男性は男性で、きちんとした専門医にかかるべきなんです。ただ、泌尿器科医のなかで男性不妊を専門とする医師はまだまだ少ない。常に診療を行っている専門医は、全国でも50人ほどであると思います。日本生殖医学会のウェブサイトには生殖医療専門医の一覧があり、泌尿器科医も掲載されているので、不妊でお悩みの方はそれらの医師を訪ねるといいでしょう。

最も望ましいのは、男女両方の不妊治療が受けられる病院を一緒に訪れ、双方が同席のもと医師の話を聞くことです。私も泌尿器科医として男性を診察しますが、なるべくご夫婦で足を運んでもらうようにお願いしています。
男性にも妊活を「自分ごと」化してほしい。精子セルフチェックキットとは?
——ただ、そのような事情を知らない男性にとって、いきなり不妊外来を受けるのは心理的なハードルが高いようにも思います。
入澤:おっしゃるとおり、現状では病院で検査をすることに抵抗感を抱く男性は少なくありません。女性にはなかなか想像しづらいことだと思いますが、精液検査のために病院の慣れない環境で射精するのは思いのほかストレスですし、マスターベーションという極めてプライベートな行為を他者から強いられることで、落ち込んでしまう方も多い。

そこで、自宅でリラックスした状態でセルフチェックできるキットがあれば、手を伸ばしやすいのではないかと考えて、「Seem」を開発したんです。

入澤 諒さん(リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 新規事業開発担当)
——Seemではどんなことがチェックできるのでしょうか?
入澤:スマートフォンと専用の顕微鏡レンズを使って精液の動画を撮影すると、精子の濃度と運動率がその場で測定できます。

精子の状態は体調や環境、生活習慣によって日々変化するので、一度だけではなく複数回の測定を推奨しているのですが、そうした毎日の変化をグラフ表示で確認したり、複数の測定結果の平均値を見たりすることができます。自分の測定結果とWHOが提示する下限基準値を比較することで、自分の精子の状態を客観的に判断できるのも特徴ですね。

精子チェックキット「Seem」
——これで精子の状態を検査できるなら、病院に行かなくてもいいのでしょうか?
入澤:いえ、Seemでは精子の濃度や運動率を測定することはできますが、それによって不妊の原因が特定できるわけではありません。「検査」キットではなく、あくまで精子の状態を「チェック」するためのものであり、男性が妊活へ関心を持つきっかけをつくるためのツールなんです。

本当の不妊治療は、男女双方が病院に行き、診断を受けるところから始まります。少しでも多くの人にそれに気づいてもらい、男性側の行動を後押しするためにSeemを使ってほしいと考えています。
——実際、後押しにつながったんでしょうか?
入澤:はい。テスト販売時のアンケートでは、「Seemを使った結果、病院に行った男性」が3割以上という結果が出ました。これは想像以上の数字でしたね。ハードルを下げて一度でも関心を持ってもらい、必要と感じれば人はちゃんと行動してくれるんだということがわかりました。

岡田:素晴らしい成果ですよね。実際に、Seemの結果を持ってうちの病院を受診しに来る人もいますよ。結果が悪かったときはもちろん、よかったときでもそれはそれで心配になるみたいです。「先生、これ本当でしょうか?」ってね(笑)。まず関心を持たせるという意味では、非常にいいツールだと思います。
「Seemすら拒否するパートナーとは、もうカップル解消を考えたほうがいい」
——パートナーがなかなか妊活に関心を示してくれず悩んでいる女性にとっては、Seemのようなツールが大きな助けになるかもしれませんね。
入澤:最初はちょっと冗談っぽくでもいいと思うんです。「こんなのあるらしいから、やってみれば?」といった感じで軽く提案してみるとか。たとえばバレンタインデーなどのイベントにかこつけて、キットをプレゼントしてみるのもいいと思います。

実際、去年の2月第1週、バレンタインデーの時期にはSeem が大手ショッピングサイトギフトランキングの「検査キット」カテゴリで1位になったんですよ。

岡田:パートナーが妊活に協力的でないと悩む女性も多いですが、Seemのようにパッケージも洗練されて、いかにも検査キットという固い感じがしないものなら、話のネタ程度に気軽に提案できると思います。それすらも拒否するようなパートナーだったら、もうカップル解消を考えたほうがいい。

——手厳しいですね……。
入澤:でも、そのとおりですよね。岡田先生がおっしゃるように、男性は女性に比べ、不妊や妊活をそれほど重く受け止めていない人が多いのはたしかだと感じます。以前、『パートナーの妊活タイプ診断』というイベントを開催して、来場した男性や、パートナーがいる女性に対し、男性側の「妊活の知識」と「協力度合い」をチェックしてもらったんです。結果は、やる気もなければ知識もない「妊活ニート」が圧倒的に多かった。

『パートナーの妊活タイプ診断』の結果
——女性からすると、寂しい結果ですね。
入澤:ただ、仕方ない部分もあると思うんです。若い男性で、初めからやる気も知識もある人なんて、そうはいませんから。本当は学校の性教育で妊活や不妊治療のことも教えるべきだと思うのですが、実際に学ぶのは「どうすれば避妊できるか」。つまり、「妊娠しないための知識」を教わるんですよね。

そうやって避妊の方法ばかり聞かされ、さも「女性は簡単に妊娠する」かのように刷り込まれてしまうのも、危ういことだと思います。妊娠はいつでもできるとのんびり構えて、行動が遅れてしまう可能性があるからです。

岡田:一度のセックスで子どもを授かるなんて、本当は珍しいことなんです。でもそういうことってセンセーショナルに取り上げられがちなので、誤った認識が広がってしまう。本来は、生殖能力のある男女が完璧なタイミングで行ったとしても、妊娠するのは3割くらいの確率なんですよ。

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