海外の優れた絵本を日本の子どもたちに。広島で出版社を立ち上げた児童文学翻訳家【100人100色】

海外の優れた絵本を日本の子どもたちに。広島で出版社を立ち上げた児童文学翻訳家【100人100色】

出版業・42歳・既婚/2017年8月19日公開

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いろんな女性の働く・暮らすを知ること『100人100色』 Vol.84

それぞれの立場、個々の考え方によって「働く」ことへのスタンスは異なります。正解なんてありません。「100人100色」では、100人の「働く女性」に登場いただき、等身大の姿を語っていただきます。年齢、環境、キャリア全ての背景が異なる人たちの100とおりの『想いや生き方』の中に、きっとあなた自身にとってのヒントが見えてくるはずです。

今回ご紹介するのは広島市在住の児童文学翻訳家小島明子さん(42)です。専業主婦として子育てのかたわら、児童文学の翻訳家をめざして勉強を始めた小島さん。児童文学翻訳家の登竜門「いたばし国際絵本翻訳大賞」最優秀翻訳大賞受賞をきっかけに、2014年に絵本の出版社「きじとら出版」を立ち上げました。現在、9点目の絵本となる新刊「こどもってね・・・・・・」を準備中という小島さんの、児童文学翻訳への想いときじとら出版のこれからについてうかがいました。
児童文学翻訳家をめざすまでの道のりを教えてください。
国際基督教大学(ICU)を卒業後、広島大学の大学院に進学し、アメリカ児童文学を専攻しました。その後、広島県庁に8年間勤務。結婚後退職し、子どもが生まれました。もともと海外の文学に興味があり、ぼんやりと翻訳家になりたいと思っていました。主婦になり子どもが生まれて、まずはやりたい事をやろう、と。それだったら、翻訳の仕事がしたい。翻訳の種類もいろいろあるけれど、せっかくなら子どもの本がいいと思い、児童文学翻訳家を志しました。

子どもが生まれたのが33歳のとき。子育ては楽しいけれど、子ども中心の生活に煮詰まり気味でした。それで、大人との会話がしたいと思い、息子がちょうど1歳になったころ、原書読書サークルを立ち上げました。このサークルはいまでも続けているのですが、生徒さんに英語の児童書を読んでもらい、日本語に置き換えて意味が取れているか、細かいところを確認しながら進めます。人に教えることで、単語の意味や文法をていねいに調べるようになり、自分の力になりました。

児童文学翻訳家をめざして勉強するなかで、力試しのつもりで「いたばし国際絵本翻訳大賞」に応募を続けていました。絵本の町イタリア・ボローニャと長年の交流がある東京都板橋区が主催する本賞は、児童文学翻訳家をめざす学習者が毎年楽しみにしている翻訳コンテストです。SAISON CHIENOWAでもレビューをしてくださっている『きょうは、おおかみ』は、私が3回目に挑戦した回の課題絵本で、この絵本の翻訳で運よく英語部門の最優秀翻訳大賞を受賞しました。参加を申し込み、原書が送られてきたときには、その美しさに一目ぼれでした。イギリスの作家ヴァージニア・ウルフをモチーフに、心の内面を扱った作品で、絵本でなければ表現のできない深さを感じました。
起業して出版社を立ち上げるまでの経緯をお聞かせください。
本の仕事がしたいという思いから児童文学翻訳家をめざしていましたので、「いたばし国際絵本翻訳大賞」受賞後に出版の予定がないと知り、とても残念に思いました。それと同時に、自分で出版社を立ち上げるチャンスではないかとの思いが浮かんだのです。自分の訳書を出したい気持ちはもちろんのこと、同じようにがんばっている方たちの訳書デビューを手助けしたいという気持ちもありました。なにより「いたばし国際絵本翻訳大賞」で課題に選ばれるラインアップの素晴らしさを実感していたので、これらの選び抜かれた作品を日本に紹介したい、という気持ちで、きじとら出版を立ち上げました。

「きじとら」というのは猫の種類です。実家で飼っていた猫のうち、10年以上長くいたのがキジトラの2匹でした。そこから、身近にあって愛される、息の長い出版社にとの願いを込めて社名にしました。息子が「ひらがながいいよね」と言ったので、ひらがな表記になりました。

私はもともと引っ込み思案な性格でしたが、出版社としては営業も必須です。起業でお世話になっていたコンサルタントの方に、「絵本のチラシを知り合いに渡すとき、買ってくれと言っているみたいで恥ずかしいです」と言ったら、「小島さんの人柄としてはいいんですけど、きじとら出版の社長としては恥ずかしがらないでください」と言われて、そうだなと思うようになりました。今回もそうですが、取材が来たら受ける。PRできる機会は会社にとって役に立つ、ありがたいこと。そう思ってお話をすると、とても楽しくて取材が好きになりました。

きじとら出版の絵本
絵本の魅力に気づいたきっかけは何ですか?
子どものころから、ごく自然に絵本に触れていました。とりわけ、福音館書店の「こどものとも」で、作り手の力がこもった作品に数多く出会っていたことは幸福だと思います。成長とともに、いつのまにか遠ざかったものの、子どもが生まれ、育児のなかで絵本に再会。その奥深さ、芸術性の高さに驚きました。例を挙げるなら、レオ・レオーニの『あおくんときいろちゃん』(至光社)でしょうか。子どもが紙をちぎって再現できるような、色とかたちの組み合わせをつかった作品で、友だちと遊ぶ楽しさ、家族に認められない悲しさがダイレクトに伝わってきます。そして異なる色が融和し、新たな色を生み出すことの素晴らしさ―――ひとつの世界がつまった1冊の絵本は、いつでもどこでも楽しめる、とても贅沢なメディアだと思います。

私が訳した『きょうは、おおかみ』はカナダの作品ですが、作者のキョウ・マクレアさんはお父様がイギリス人、お母様は日本の方です。画家のイザベル・アーセノーさんは、フランス語圏のケベック州に住んでいらっしゃいます。それぞれの作品には作家のバックグラウンドが反映されるので、色彩や温度など、独特な空気感がかもしだされるように思います。絵本は家にいながらにして、海外の文化に触れられる、旅のようなものではないでしょうか。背景はどこか違っても、登場人物の気持ちには共感ができる。お母さんが大好きだったり、ひとりぼっちがさみしかったり。外国の子どもたちも同じように感じているのだと気づくと、遠い国も身近に思えますよね。

仕事風景
子育てしながらの出版社設立、周囲の反応はどうでしたか?
私が今まで翻訳家になりたいと勉強していたこと、そのための起業であることを知っていたので、身近にいる人の反対はなかったです。仕事に気持ちが向かうと、家の事が後まわしになりますが、夫は文句を言わず理解してくれています。土日に料理してくれたり、すごく恵まれていると思いますね。近くに住んでいる両親も、よく子どもを散歩に連れ出してくれて、その間に仕事に集中できました。義両親からの反対もなく、「いいんじゃないか」と。新聞などで取り上げられると、喜んでくれて。あまり親孝行できていないけど、そう思ってもらえてありがたいなと思います。

出版社を立ち上げたのは子どもが幼稚園の年長のときで、まだまだ甘えたい年頃だったので、家で仕事をしていると邪魔をしにくることもありました。電話をしているそばで、大きな声で話しかけてきたり……。でも、「絵本をつくるためにがんばっているからね」というと、納得してくれたようです。初めての絵本が書店に並んだときには、一緒に大喜びしてくれました! 息子も、大きくなったらきじとら出版の社員になると言っています。お客さんが来ると、きじとら出版の絵本を広げて見せてくれたり。今回の取材も「いつ来るの?」ととても気にしていました(笑)。

一方で、出版翻訳の先輩方からは、慎重な意見をいただきました。出版不況と呼ばれるいま、出版社をつくるなんていう冒険は危険だと。でも地方にいるから実感がなくて、そこまで危機的状況だというのが分かっていない。知らないことの強み、というか情報が入りにくいからのんきなもので。恐いもの知らずで始めてしまったので、みなさん、しょうがないなあ、という気持ちで助けてくださっているようです。本の流通や印刷、編集や営業も東京の方にお願いしていて、自分はゆったりとした気持ちで過ごすことができ、本当にありがたいです。

MARUZEN&ジュンク堂書店広島店の「きじとら出版コーナー」を前に喜ぶ息子
夢を実現することができた要因は何だと思いますか?
運が良かった。運はかなりあると思います。人間関係が巡り巡って、応援してくださる方たちとうまい具合に繋がってるんです。自分だけの力じゃないなと思います。どこかから手が差し伸べられるというか。私の場合は「いたばし国際翻訳大賞」で最優秀翻訳大賞をいただいたことが一つの大きなチャンスになったので、大賞受賞がただの経歴で終わるのはもったいないと思い、このチャンスにしがみつきました。本の出版点数はまだ少ないのですが、その分、1点1点への思い入れがあって、どの作品も粘り強くPRしています。
これまでにぶつかった壁はありますか?
やはり、翻訳家デビューの壁でしょうか。地方在住でお金も時間も余裕がない一児の母でしたので、翻訳スクールに通うこともできず。出版社に郵送等でいくつか企画の持ち込みも試みましたが、いずれも実現には至りませんでした。

その間、英語の勉強を兼ねて実務翻訳の校正アルバイトをしたり、先ほどお話しした講座を立ち上げたり。わずかながら収入ができたことで、気になる洋書をためらいなく買えるようになり、まさに一石二鳥でした!

自分にとって重要な居場所となったのが、海外児童書を愛する翻訳学習者のオンラインサークル「やまねこ翻訳クラブ」です。翻訳家として活躍されている先輩方も多く、モチベーションの糧となりました。同クラブでは「いたばし国際絵本翻訳大賞」事後勉強会も開催され、同じ志を持つ仲間たちと切磋琢磨することができたことが、貴重な経験となっています。
忘れられないお仕事のエピソードをお聞かせください。
読者の心に作品が届いたとき、出版を実現した意義を感じます。『きょうは、おおかみ』は、イライラむしゃくしゃ、おおかみのようになった妹と、寄り添う姉のお話です。ベッドから出られず、落ち込み、世界がモノクロになってしまう。そのつらさを経験したことのある読者も多く、この絵本が「救い」となったとおっしゃってくださった方もいます。闘病中のご家族を支えていらっしゃる方もまた、共感の言葉を寄せてくださいました。素晴らしい海外絵本を日本で紹介するお仕事ができて、本当にうれしく思います。
子育てと仕事の両立について教えてください。
自宅を仕事場にしているため、家事を含め、すべてミックスモードです(笑)。朝起きてから夜寝るまで、そのときそのときにできることを順番にこなしていく感じで、まったく切り替えができず……。子どもが小さいときには、公園で仕事の電話を取ることもしばしばでした。夜のうちに仕事を進めるもりでも、添い寝してそのまま……ということもありましたね。

息子が小学3年生になった今は、日中まとまった時間が取れるようになり、だいぶ楽になりました。学校から子どもが帰るといったんひと休みをして、一緒におやつタイムを取るようにしています。あとは、子どもが宿題をしている隣でパソコンを打ったり。お休みの日も、隙をみては仕事をしています(笑)。

きじとら出版刊『船を見にいく』
児童文学翻訳家をめざす方にアドバイスがありましたらお願いいたします。
実力を持っている人はどんどんアタックした方がいいと思います。コンテストに限らず、持ち込みとか、本当にやる気があるならやった方がいい。翻訳というお仕事を志す方は、謙遜家が多いのかなという印象があります。でも前に出ていかないと仕事に結びつきませんよね。待っていて仕事が来るのは実績のある一握りの方ですから。

これからチャレンジしたいことは?
きじとら出版の絵本のうち、約半数はイタリアの作品です。英語の作品でも『世界のまんなかの島 〜わたしのオラーニ〜』の舞台はイタリアのサルデーニャ島、『たびネコさん 〜ぐるりヨーロッパ街歩き〜』は、ローマが旅の起点となり、ぐるりヨーロッパ。ネコさんが最後に訪れるのはヴェネツィアです。私はイタリアに行ったことがなく、憧れがつのるばかりで! イタリアの絵本を扱ううちに、自分でもイタリア語が分かるといいなあと思うようになりました。といいつつ、自分で読めない原書の日本語訳を読んだときの感動も捨てがたく、半分半分の気持ちです。
新刊情報がありましたら教えてください。
カナダを代表する画家ピエール・プラットが絵を手掛けたユーモラスな絵本『こらっ、どろぼう!』が7月に刊行されました。9月には、イタリアを代表する絵本作家ベアトリーチェ・アレマーニャのベストセラー『こどもってね……』が刊行予定です。いずれも「第23回いたばし国際絵本翻訳大賞」を受賞した絵本で、この2作をきじとら出版のラインアップに加えることができ、本当に幸運だと思います。絵本そのもののおもしろさに、翻訳の楽しさが加わりました。ぜひお手にとってみてください。

新刊『こらっ、どろぼう!』・『こどもってね……』(9月刊行予定)
引っ込み思案だったという小島さんが「出版されないのなら、自分で出版社をつくろう」と自ら出版社を立ち上げ、絵本の出版を実現。「運が良かった」と小島さんは語りますが、長年あたためてきた児童文学への深い愛情が周囲の人々の心を動かし、出版という形で実を結んだのでしょう。海外の優れた絵本の楽しさを日本の子どもたちに届けてくれる、きじとら出版のこれからが楽しみです。

いろんな女性の働く・暮らすを知ること 『100人100色』は、SAISON CHIENOWAとケノコトとの共同記事です。
いろんな女性の働く・暮らすを知ること『100人100色』
過去の記事はこちら

「日常の食のコト」で暮らしを楽しくするライフスタイルマガジン
ケノコト
http://kenokoto.jp/
小島さんのお仕事関連のサイトはこちら
きじとら出版のサイト
http://kijitora.co.jp/

きじとら出版のfacebookページ
https://www.facebook.com/kijitora.pub/

きじとら出版のTwitter
https://twitter.com/kijitora_pub

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