発達障害の子どもが抱える「生きづらさ」って、結局何なんだろう

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発達障害があると「生きづらい」?

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出典 : http://amanaimages.com/info/infoRF.aspx?SearchKey=11044014039

6歳の発達障害の息子を育てていると、ごく当たり前のように「この子が生きづらくないように」と考えている自分がいます。「生きづらさ」という言葉は、発達障害児を育てていると頻繁に見聞きするものではないでしょうか。大人になっても「生きづらさ」を感じている人は沢山います。発達障害でなくても「生きづらさ」を感じている人は沢山います。

でもやはり、発達障害の息子を見ていると、私はいつも「この子は生きづらいだろう」と感じてしまうのです。そして、「どうやったらこの子の生きづらさが取り除けるだろう」とそればかり考えています。では一体、発達障害児の「生きづらさ」って何なのでしょうか。

発達障害特有の困難さは、支援で克服できることも増えてきた

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息子には発達障害児特有の様々な困難があります。言葉の使い方が変わっているのでお友達に不思議がられたり、お友達の輪に入るのが好きではなかったり、聴覚や触覚が過敏だったり、運動が苦手だったり、手が不器用だったり…。これらの困難のために、息子は集団の中で様々な苦労をしているようですが、それは息子が自己肯定感を落とす直接的な原因になっていないようなのです。

今は、支援方法がかなり確立されています。運動が苦手だったり、手先が不器用だったりしても、先生方や私たち親の工夫次第で結構頑張れてしまうようです。例えば息子は運動会で足が遅いことをずっと気に病んでいましたが、今は発達障害児専門のスポーツ支援の本などが結構出ています。先生方はそれに基づいて、息子に走り方の指導をしてくださいました。おかげで、運動が苦手なことで息子がひどく落ち込むようなことはありません。

また、気にして見ていると、発達障害児向けの学習支援グッズなども沢山発売されています。私はそのようなグッズを探して購入したり、自分で作ってみたりしました。ですから、息子が手先の不器用さでひどく生きづらさを感じているようなことはありませんでした。

また、私も幼稚園の先生も決して息子に友達の輪に入ることを強制しませんでした。周りが「この子はこういう子だ」と淡々としていれば、本人はそれほど気に病まないのです。

運動や手先の不器用さなどについては支援で克服できることは結構多く、それが即息子の「生きづらさ」に繋がるわけではないように思いました。

では何が「生きづらさ」につながっているのだろう。私が息子を見ていて気付いたこと

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けれども、どんなに支援をして息子の困難を取り除いても、私はやっぱり「この子は生きづらいだろうなあ」と感じてしまう瞬間があるのです。それは何かといえば、息子の「認知のズレ」です。

例えば、息子とのやり取りで以下のようなことが毎日のように起こります。

・誰かが息子の言ったことが可愛くて笑った。→「僕のことをバカにして笑っただろう」と激怒orパニック。

・何かについて「ダメだよ」と注意された。→ 「この人は僕を嫌っている」と激怒。

・何かの問題が難しくて解くことができなかった。→「僕はどうしようもないバカなんだ」と落ち込んで立ち直れない。

・先生に「これはいけないよ」と注意される→「僕はいつも先生に叱られているダメな奴だ」と思う。

・誰かが息子をからかう。→「みんなが自分を嫌っている」と落ち込む。

このように、息子には認知のズレがあり、物事を過度に一般化したり、そうかと思えば突然自責の念にかられたりするところがあります。また、物事を白黒極端に捉える傾向もあり、「え?どうしてそんな風に考えちゃうの??」ということが頻繁にあります。その思考を助長するのが、相手に否定語で何か言われたり、ちょっと笑われたりということなのです。

「認知のズレ」は支援することが難しい。私が息子に接するときに心がけていること

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息子の生きづらさの根本的な原因について考えたとき、この「認知のズレ」が大きいのではないかと思うのです。そして、こういった認知のズレは、支援することがとても難しいです。

手の不器用さや学習上の困難などは、支援グッズを使いながらなんとか解決の糸口を見つけ出すことができました。けれども、「認知のズレ」だけは、長い時間かけて手探りで修正していくしかないのです。

支援グッズを使うでもなく、支援方法が確立しているでもない。私たち親ができることは、ただただ失敗したり落ち込んだりしている子どもに辛抱強く語りかけていくことだけです。だからこそ、認知のズレは親にとっても子ども本人にとっても「生きづらさ」へとつながっていくのかもしれません。

けれども、だからこそ、発達障害の子には、なるべく大きな失敗をしないように環境調整をすることに意味があるのだと思います。私は息子の生きづらさを知ったうえで、人間関係や学習などで大きな失敗をさせない、挫折をさせない、本人が乗り越えられるハードルをうまく設定しながら成功体験を増やすことに集中しています。

なかには、それは過保護だという人もいます。

けれども、認知にズレがあるからこそ、ひとたび大きな挫折でボッキリと折れてしまうと、それを立て直すのに大変な労力がいるのです。また息子の場合、大きな失敗をすることで、他者への不要な憎しみや恨みが長いこと心に残ります。

大きな失敗や挫折の体験は、発達障害の子どもの生きる糧にはなりづらいと私は思います。私は失敗を乗り越えさせることに力を振り絞ることよりも、成功体験を積ませることに力を使っていきたいです。発達障害の子どもにとって、小さな成功体験の積み重ねが心の体力になっていきます。心の体力があれば、多少の認知のズレがあっても、自分で態勢を立て直すことができるはずです。認知のズレそのものを修正するために躍起になるよりも、小さな成功体験を増やしていくことに重点を置いていくほうが、親も前向きに取り組むことができるのではないでしょうか。

生きづらさは、心の体力で克服できるものだと私は信じています。

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