芥川賞作家・川上未映子が語る、出産と子育てで変わった「世界との戦い方」

芥川賞作家・川上未映子が語る、出産と子育てで変わった「世界との戦い方」

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芥川賞作家・川上未映子が自らの出産・育児体験をつづったノンフィクション『きみは赤ちゃん』。鋭い観察眼に裏打ちされたリアルな体験記として、2012年の発表以降、大きな反響を呼び続けている。その魅力の一つは、社会の中で凝り固まった出産・育児の方法論を解除し、自分だけの体験に取り戻そうとする思考と実践にある。

第一線で活躍を続ける彼女の夫も、実は作家。作家夫婦だからこそ気づける、男女の育児観の溝を埋めるための提案とは? 子どもの誕生によって、強く思うようになった「世界を肯定したい」という言葉の意味とは? 他人と比べがちな日々の中で、目の前の幸せに気づくヒントを語ってもらった。一人ひとりにピントを合わせれば、そこにいるのは「産む」ことも「育てる」ことも不慣れな親たちと、あまりに瑞々しく柔らかい、その赤ちゃんだ。

取材・文:野村由芽 撮影:永峰拓也
プロフィール

川上未映子(かわかみ みえこ)
1976年大阪府生まれ。2007年『わたくし率 イン 歯ー、または世界』『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』で早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、2008年『乳と卵』で芥川賞、2009年『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、2010年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、2013年『水瓶』で高見順賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞を受賞。他の著書に『すべて真夜中の恋人たち』『きみは赤ちゃん』『あこがれ』など。
http://www.mieko.jp/
さまざまな刷り込みを、一つずつ解除していくことで、自分だけの育児を取り戻すことができる。
―『きみは赤ちゃん』には、非常に一回性のあるタイトルがつけられていて、「赤ちゃん」という限定的で濃密な時間を記録したいという熱量が感じられました。そもそも、なぜ出産や育児というテーマでエッセイを書かれたのでしょう?

川上:言葉を使う仕事をしているので、おそらくどんどん忘れていくであろうできごとを、言葉で記録することに興味がありました。あとは、人生の中でも特殊な2年間の全ての体験を言語化できるんだろうか? という野心が一番大きかったですね。
ー書き手としての一つの挑戦だった。

川上:そうですね。小説ではなく「これは事実である」という前提に立ったノンフィクションの形で、起きたことを全て記述したいと思いました。妊娠、出産、育児の最中というのは、人生の中で、おそらく一番思考停止する時期ですよね。本当は言語や思考から遠くあっていい時期かもしれないんだけど、焼きごてを人生にジューッとあてるみたいに、そこに抗いたかった。

—川上さんがつづった体験談には、多くの人が当たり前に受け止めている妊娠・出産への痛みや苦しみが、意外な形で言語化される驚きがありました。たとえば、普通であれば妊娠や出産を「自然なこと」と捉えるのに、「非常事態」と言い切ったり、つわりを「病気」と呼んだり。

川上:「自然なこと」というのはもちろんそうでしょうけど、でもやっぱり通常とは違う状態ですよね。あんなにお腹が大きくなって、それを出すんですよ。つわりだって2か月以上吐きっぱなしで、どう考えても普通じゃないもの。もちろん個人差はありますが、あの状態を「自然なことで病気じゃないんだから」って言われても、何を言われたことにもならない。妊娠の段階から「母親なら、子どもに関することは黙って我慢しろ」というような雰囲気を感じました。とにかく、体験してみないとわからないことが多かった。仕事に関しても、子どもが産まれたら、岡本かの子(岡本太郎の母親であり作家)みたいに、「子どもを柱にくくりつけて仕事したるで!」くらいに思っていたわけですよ。
—子ども時代の太郎を長い紐で柱に結びつけたという逸話ですね。

川上:でも実際は、子どもが泣いたら「泣かないで……」って必死になっておろおろする。自分の意思とは関係ないものに動かされる感じですね。私たちの中には、「お母さんじゃないとやっぱり泣き止まない」とか「子どもにとってはお母さんが一番」とかいう物語がいつのまにかインストールされていて、いざ子どもを目の前にすると、その「お母さんアプリ」がぶわーっと動くんです。でも、ふと「こんなアプリ、自分で入れた覚えないよな?」と。そこで、その物語というのは世間からインストールされていたんだと気づくわけです。
—「お母さんはこうあるべき」といった強迫観念が、社会からの刷り込みだと気づいたわけですね。

川上:もちろんそれがすべてじゃないですよ。母と子が身体で繋がっていたという「事実」によるところも多いにあると思う。でも、刷り込みも確実にある。だから、さまざまな刷り込みを一つずつ解除しようと意識することで、自分だけの育児を取り戻すことができるんじゃないか? と実践していったんです。結局、「お母さんアプリ」を削除するのに3年半かかりました。

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