人口減少時代に2万5千人増。子育て世帯と歩んだ流山市の大胆なまちづくり

人口減少時代に2万5千人増。子育て世帯と歩んだ流山市の大胆なまちづくり

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少子高齢化、人口減問題に悩む地方自治体が多い昨今。そんななか「母になるなら、流山市。」のキャッチコピーで、若い子育てファミリー世帯から絶大な人気を集め、人口が右肩上がりに上昇している千葉県の流山市が注目を集めています。そんな流山市の魅力に迫る連載を、数回にわたり行っていきます。

2016年の調査で、「住み続けたい」と答える市民は80%に達し、転入者の66%が「流山市」を第一候補として指名して引っ越してくるなど、奇跡的な状況ともいえる郊外の街、流山市。都心部への人口流出が全国的な問題として叫ばれるなか、なぜこの街は人口増を続けているのでしょうか。

そこには、都市計画プランナーとして国内外での豊富な経験を活かし、4期連続で市政改革を牽引する井崎義治市長の姿がありました。連載初回である今回は、日本の地方自治体としては稀な「街のマーケティング・ブランディング戦略」を打ち出し、子育て世代が暮らしやすい環境作り、働くママへのサポートなど、他に例のない流山市のまちづくり改革を行う、井崎市長にじっくり話を聞きました。


取材・文:阿部美香 撮影:田中一人
プロフィール

井崎義治(いざき よしはる)
1954年生まれ。1976年立正大学卒業。1985年カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校大学院人間環境研究科修士課程終了(地理学専攻)。米国都市計画コンサルタント会社、シンクタンク勤務等で交通計画、環境アセスメント、地域盛衰分析などに従事し、2000年から英国国立ウェールズ大学通信制大学院環境プログラムで「環境アセスメントコース」を担当。2003年、流山市長就任。
http://izaki-yoshiharu.com/
https://www.city.nagareyama.chiba.jp/
27年前から、首都圏でトップクラスのポテンシャルを秘めていた千葉県流山市
—井崎市長は日本とアメリカで都市地理学を学ばれ、都市計画プランナーや大都市問題解決のための国際NGO「メガシティプロジェクト」での活動を通して、5大陸27都市のプロジェクトに携わられてきました。そんな井崎市長が流山市長になるまでのお話から伺ってもいいでしょうか?

井崎:そうですね、もともと子どものころから、自宅周辺の地域を自転車で走り回り、国土地理院の地形図と実際の町の姿を照らし合わせ相違を確認するのが面白くてたまらないというような、地理オタクだったんです(笑)。

井崎義治 流山市長
—『ブラタモリ』(NHK総合テレビ)の先駆けみたいな話ですね(笑)。いまでもタウンウォッチが趣味だと伺いました。そんな井崎市長が、なぜ流山市に居を構えられたのか気になります。

井崎:12年間、アメリカで暮らしていたのですが、仕事の都合で東京に戻ることになりまして。ただ、都市計画プランナーとして、どこに住むのがベストなのかすごく考えるわけです。

そこで、多摩丘陵(西は高尾山東麓から、東は多摩川にかけて広がる丘陵地)、狭山丘陵(埼玉県南西部および東京都北西部にまたがる武蔵野台地のほぼ中央に位置する丘陵地)、下総台地(埼玉県東部から千葉県北部一帯にかかる台地)の3つに絞って調べた結果、下総台地の縁辺部に位置する流山市のポテンシャルが高いことに気づき、ここに住もうと決めました。29年前のことです。

流山市風景 利根運河
—決め手となった「ポテンシャルの高さ」というのは、どういう部分に感じたんですか?

井崎:まずは「環境の良さ」。安定した台地で、緑が多く豊かな景色が楽しめるだけでなく、歳をとっても暮らしやすい「ゆるやかな坂」のある街だったこと。高齢になると急な坂は自立のための障害となりますし、平坦すぎると景色の変化が乏しくなるので、「ゆるやかな坂」がちょうどいいんです。

そして「民度の高さ」。アメリカでは住む地域を選ぶ際に、居住者の所得や勤労環境などの「住民の社会経済指標」データをチェックするのが不可欠です。そこで流山市を調べてみると、首都圏での知名度や、当時の流山市民のセルフイメージの低さとは裏腹に「住民の社会経済指標」はとても高く、民度が高いことが伺えました。

さらには「可能性の大きさ」。当時は、都心を結ぶ常磐新線(現在の「つくばエクスプレス(TX)」)の建設計画や常磐自動車道の流山インターチェンジ建設計画が進行中で、将来的により住みやすくなる可能性に長けた街だったんです。

流山市風景 古墳の森公園
—郊外にも関わらず、住環境として非常にレベルが高い街だったんですね。首都圏と比べるとどうだったんでしょうか?

井崎:じつは、都内23区と比べても、ランキング上位の区に匹敵するポテンシャルをすでに持っていました。ところが実際の街並みを見ると、落ち着いた住宅地でありながら歩道のある道路が少なく、鉄道路線も市の縁辺部をかすめるようにしか通っておらず、通勤通学に使えるバス路線も皆無。閑静というよりも静寂。そんな街並みにとどまっている印象でしたね。

—古くからの街並みがそのまま取り残されているような?

井崎:そうですね。さらには商店街も昔の個人商店が軒を並べるだけで、市外からの投資もほとんど行われていない昭和の佇まいのまま。街全体からさびれた印象を受けました。

そんな流山市に長年暮らすうち、今後のポテンシャルに惹かれて住んだのに、長期的な都市計画ビジョンがないどころか、可能性を潰してしまうような事業が行われている市政に危機感を感じ、変えなければと思うようになりました。そこで、私が見込んだ理想の流山市を実現するため、家族の猛反対を押し切って市長選に立候補しました。

流山市風景 ザ・フォレストレジデンス
日本では街の資産価値を下げるような、場当たり的な開発ばかり行われている
—当時の流山市の都市計画ビジョンの稚拙さに居ても立ってもいられなくなって市長に立候補されたとのことですが、長年海外で仕事をされてきたなかで、日本と海外のまちづくりに違いは感じていましたか?

井崎:私は世界中どんな都市でも、初めての街に行った際、なるべく高級住宅街からスラム街まですべてを見てまわるようにしています。すると、気候、風土、文化の違いはあるものの、中流階級の住む人気の高い住宅地には、世界中どこの都市でも共通項があります。

—それはなんでしょうか?

井崎:緑視率(路上に立った人の視野に占める草木の緑の割合)の高さです。人気の住宅街は砂漠地域を除きすべての都市に当てはまりますね。しかし、「何のために緑視率を上げるのか?」への意識が日本と海外とでは大きく違うんです。

例えば、アメリカの都市や自治体には、通常「デベロップメント・オーソリティ」と呼ばれる開発局があり、そこでシティセールスや都市のマーケティングを積極的に行っています。地域の資産価値を上げる、いわゆる街のブランディングのために景観保護やゾーニング、高さ制限などの厳しい規制を設けますし、パンフレットなどを作り、より多くの税金を納めてくれる富裕層や中流階級に向けてアピールする取り組みも盛んです。しかし日本では、そういったマーケティングを行っている自治体はほとんどありません。

それどころか人口減を恐れて場当たり的に規制を撤廃し、良好な住環境を壊す開発や地域の景観を損なうようなマンション建設を許容しています。これでは新規開発によって既存住宅地や街全体の資産価値を下げる行為にしかなりえません。

当時の流山市も同様で、魅力的なまちづくりができるポテンシャルを秘めながら、都市計画ビジョンがなく、街の価値を高める都市計画が行われていないことに大変驚き、これはもう自分でやるしかないと思ったんです。

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